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「フィデリオ」キャストインタビュー

福井敬・木下美穂子

  • 取材・文:朝岡久美子/写真:佐藤久

福井敬
フロレスタン役

スーパースター・テノール、
“二つの情熱的な男”で登場

1992年のデビュー以来、30 年にわたって日本のオペラ界を牽引し続けてきた福井敬。つねにプリモ・ウォーモという立場ゆえに、さぞかしご苦労もおありではと、恐れながら問うてみる。

「僕の日常には歌という喜びしかないんです。ただ歌と音楽のことだけを考えて、目の前にあること一つひとつに真剣に取り組んできました。それで、あっという間に30 年が経ってしまいましたね」

意外なほどシンプルで自然体。スターたる所以なのだろう。

4月に『サムソンとデリラ』のサムソン役(※)、9月は『フィデリオ』のフロレスタン役で東京二期会の舞台に登場する。

『サムソン』では、最も得意とする一途で情熱的な男の一面を歌い上げたいという。

「サムソンは男の中の男や超人というイメージがありますが、実は愛する女性にすべてを捧げるロマンティックな人間なんです。デリラのあの有名なアリアの最後部で、サムソンが“ Je t'aime(愛しているよ)"と恍惚として囁くのですが、あれこそが彼の真の姿なんですよ」

一方で、「この作品は旧約聖書の時代の物語ですが、僕には現代の中東の情勢や世界の混沌とした姿がオーバーラップしてくるんです。怒り、争い、裏切りというような、いつの時代も人間の感情が必然的に生みだしてしまう負の事柄や、そんな中にも生まれる一途な愛というような普遍的なものが、楽譜という紙一枚に描かれた音楽によって、時空間を超えて見事によみがえる。まさにオペラの醍醐味がそこにあります。今回はセミ・ステージ形式ですから、オーケストラが生みだすスペクタクルな音の世界と共にじっくり味わって頂けると思います」とも。

『フィデリオ』では、ベートーヴェンが謳い上げる理性と正義の勝利、そして、その喜びを、客席の一人ひとりが、それぞれに心の中で感じ取ってもらえたらという。

「演出家の深作健太さんとは何度かご一緒していますが、今回もアッと驚くような斬新なフロレスタン像を描き出してくれると期待しています」

今後のヴィジョンは?という問いに、

「オペラの世界は知れば知るほど深くて、僕がやってきたことはまだそのほんの一部なんです。今後も新しい役にも挑戦したいですし、歌ってきた役も一つひとつ目標を定めてさらに掘り下げていきたい。まだまだ道半ばです」

日本オペラ史の第二章に次々と金字塔を打ち立ててきたレジェンドは、自らに厳しく問い続けるストイックな求道者でもあった。

福井敬(ふくい けい) テノール

東京二期会『ラ・ボエーム』ロドルフォの鮮烈デビュー以来、古典から現代まで出演したオペラは60を数える。芸術選奨文部大臣賞新人賞及び文部科学大臣賞、ジロー・オペラ賞、出光音楽賞、エクソンモービル音楽賞本賞など多数受賞。コンサートでもズービン・メータ指揮ウィーンフィル「第九」のソリストで絶賛されたのを始め、NHK交響楽団などの主要楽団と多数共演。二期会会員

木下美穂子
レオノーレ役

18年の海外生活を終え、
2020年、日本で新境地を開くプリマドンナ

トスカ、蝶々さん、アイーダなど、王道を行くプリマドンナとして東京二期会で、そして、世界でその存在を見せつけてきたソプラノの木下美穂子。私生活では、約6年のイタリア滞在、そして、12年にわたるアメリカ滞在を終えて、2020年の年始め、日本へ完全帰国した。

米国滞在中はテキサス州ヒューストンを本拠地に、様々な都市や周辺国で多数のオペラ、コンサートに出演した。

「ヒューストンは緑が多く、気候も良くてすぐに気に入りました。日本人の駐在員のご家族もたくさんいて、子を持つ親としての生活にもすっと馴染めて、とても新鮮でした」

車社会の米国で息子さんを幼稚園に送り迎えすることもその一つ。毎朝、無事に送り届けた後、林の遊歩道を一人で散歩する時がオペラ歌手 木下美穂子に戻るひとときだったそうだ。そして、日々心がけていた瞑想の時間。マインドフルネス大国ならではの空気感や環境もまた木下にとって大きな励みになったという。

「日々、稽古や勉強などで忙しい中でも、現地で出会った友人の皆さんと身体に良い食べ物やライフスタイルについての情報交換の時が、私にとってはかけがえのない時間でした。瞑想に出合ったのも彼女たちとの交流からなんです。心を静めて自分と向き合うようになって、呼吸もとても深くなりましたし、心身ともにリセットすることで新たな気持ちで音楽や作品に向き合うことができました」

7月に東京二期会シーズンフィナーレを飾るヴェルディの「レクイエム」(※)を歌う。

「魂が昇華されてゆくようなあの壮大なフィナーレにいつも泣いてしまうんです。合唱とオーケストラ、そして、ソロが一体化した時のあの感動をぜひ皆さんにも全身で感じて頂きたいですね。指揮者のルスティオーニさんとは、以前、東京二期会の『蝶々夫人』と『トスカ』でご一緒し、あまりの音楽の美しさに感動しました。メトロポリタン歌劇場での『アイーダ』もとても絶賛されていて、私もいつかルスティオーニさんの指揮でヴェルディを歌わせて頂きたいと思っていたんです。今回、私自身も大好きなこの作品でその願いが叶いとても嬉しく思っています」

そして、9月の『フィデリオ』では、夫を悪の手から救い出す英傑レオノーレに扮する。きっと、ヴェルディやプッチーニの舞台でいつも彼女が見せてくれるように、凛とした、でも、決して、大人の女性らしさを失わない美しい“ 英雄レオノーレ" を演じてくれるに違いない。

木下美穂子(きのした みほこ) ソプラノ

武蔵野音楽大学卒業、同大学院修了。出光音楽賞、新日鉄音楽賞等受賞。これまでイタリア、アメリカに居住しロンドン・ロイヤルアルバートホール、バンクーバー・オペラ等海外での活躍により国際的地位を確立。国内では東京二期会『椿姫』『蝶々夫人』『ラ・ボエーム』『トスカ』『ローエングリン』等で主演する他、共同制作『トゥーランドット』『アイーダ』でも絶賛を博している。二期会会員

※新型コロナウイルス感染拡大の状況により、当初2020年4月に上演を予定しておりました『サムソンとデリラ』は2021年1月に、2020年7月に上演を予定しておりましたヴェルディ「レクイエム」は2021年8月にそれぞれ公演が延期されました。何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。
本記事は延期発表前の2020年3月に掲載いたしました。