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指揮・鈴木秀美、演出・中村蓉で贈るヘンデル第2弾ヘンデル最後のオペラ『デイダミーア』

来年5月にヘンデルのオペラ『デイダミーア』が上演されます。
トロイア戦争前史を描いたユーモア溢れるバロック・オペラにこのプロダクションでドラマトゥルクを務める萩原里香さんがいざないます。

当時のスター作曲家 ヘンデルについて

1685年ドイツのハレに生まれたヘンデルは、ハンブルクでオペラに触れ、イタリアでの研鑽の後にハノーファーを経てロンドンにたどり着く。オペラ作曲家として大成功した彼のオペラはすべて「イタリアオペラ」である。最初に名を成した作品は、1709〜10年のシーズンにヴェネツィアで上演された『アグリッピーナ』。これを機にハノーファー選帝侯(のちのイギリス王ジョージⅠ世)に雇われ、ロンドン進出への足掛かりをつかんだ。1711年に『リナルド』を上演、ドイツ生まれのヘンデルは英語圏であるこの地を生涯の活動地に選び、『エジプトのジューリオ・チェーザレ』(1724)、『アリオダンテ』(1735)などのヒット作を生み出し、確固たる地位を築いた。ヘンデルオペラの台本は、大陸で人気となったオペラをロンドン市民向けにわかりやすく改編したものが多い。長大なレチタティーヴォを大幅に短縮させるなど、イタリア語を母国語としない人々も楽しめる工夫が施されている。彼の最後のオペラである『デイダミーア』(1741)は、英語オペラの台頭もあり、イタリアオペラの人気が下火になっていた時期であったため、上演回数がほんの3回と寂しい結果となった。とはいえ、翌年にオラトリオ「メサイア」(1742)を成功させたことからも、この時期のヘンデルは作曲家として絶頂期にあったと言って差し支えないだろう。

『デイダミーア』人物相関図

『デイダミーア』のあらすじ

トロイア戦争で劣勢のギリシャ軍。戦士アキッレを探すため、ウリッセとその腹心フェニーチェがスキュロス島にやってくる。アキッレはスキュロスのリコメーデ王によって匿われ、女性ピッラとして生活し、王の娘デイダミーアとは密かに恋仲にあった。ウリッセらの目的を察したデイダミーアは、アキッレの正体が見破られないよう、事情を知る友人ネレーアにも協力を仰ぐ。そんななか、リコメーデ王は客人をもてなすための狩りを女性たちに命ずる。デイダミーアはなんとか彼らをアキッレから遠ざけようとするが、狩り好きのアキッレは見事に雄鹿を仕留める。その勇ましい様子をウリッセたちは見逃さなかった。正体を完全に突き止めるために、ウリッセは女性たちへの贈り物として美しい装飾品を用意し、そこに武具を紛れ込ませた。アキッレが見事な武具に気を取られていると、そこに偽の襲撃のラッパ音が響く。思惑通りアキッレに戦士としてのスイッチが入り、ウリッセは彼が探し人であることを確信する。絶望するデイダミーアであったが、変わらぬ愛を信じてアキッレを戦地へ送る決意をする…。

ヘンデル最後のオペラと女装する英雄

ヘンデル最後のオペラ『デイダミーア』は1741年、ロンドンのリンカーンズ・イン・フィールズ劇場で初演された。ギリシャ神話のトロイア戦争にまつわるエピソードとして、ギリシャがたの不利な戦局を打開するために、知将オデュッセウス(ウリッセ)が英雄アキレウス(アキッレ)を探しにやって来る物語を題材とした、台本作家ロッリによる書き下ろしである。タイトルロールは、恋人と引き裂かれる悲劇の女性デイダミーアであり、懸命に恋人を守ろうとするけなげなヒロインである。さらに注目すべきは物語の鍵となるアキッレである。アキッレは「女性のふりをしている男性」であり、これは他に類をみない設定である。筋の中で一時的に女装する男性としてはケルビーノ(1786年モーツァルト『フィガロの結婚』)などが容易に思い浮かべられるが、そのケースとは異なり、本作の英雄は作品の終盤まで女性の姿なのである。同題材による先行作品としてはメタスタージオの『シーロのアキッレ』があるが、その初演となったカルダーラ版(1736)ではカストラートがアキッレを演じた。しかし、ヘンデルは、この役を女性歌手に割りあてている。英雄役をカストラートが演じることはオペラ・セリアの常であるが、ヘンデルの最後期のオペラでは、このように定石でないことが多々ある。ダ・カーポではない通作のアリアがあったり、結末が明らかなハッピーエンドではなかったり…。本公演もまたヘンデル同様、枠にはまらない構成と演出に挑戦している。ひと味違うバロック・オペラがお楽しみいただけるだろう。

ギリシャ神話のエピソード

ギリシャ神話におけるトロイア戦争は、ギリシャのメネラオスが妻ヘレナをトロイアのパリスによって奪われたことに端を発する、ギリシャ軍とトロイア軍の戦争である。この戦争で命を落とす運命にあると予言されたアキレウス〈アキッレ〉は、それを恐れた母テティス(オペラでは父ペレウスという設定)によってスキュロス島のリュコメデス王〈リコメーデ〉に匿われていた。彼はピュラ〈ピッラ〉という女性として暮らしながら、王の娘デイダメイア〈デイダミーア〉との間に息子ネオプトレモスを設けていた。

萩原里香 Rika Hagihara

東京藝術大学大学院音楽文芸博士課程修了。博士(学術)。専門は西洋音楽史、イタリアオペラ。とくにバロック時代に関心。近著:論文「ユダヤ人芸術家『踊りと音楽のマエストロ』―キリスト教社会における重要性―」(武蔵野音楽大学紀要、2023)、共著『オペラ/音楽劇研究の現在―創造と伝播のダイナミズム』(水声社、2021)。現在、武蔵野音楽大学他にて非常勤講師。

二期会ニューウェーブ・オペラ劇場
ヘンデル『デイダミーア』

オペラ全3幕 日本語字幕付原語(イタリア語)上演
指揮:鈴木秀美
演出:中村 蓉
管弦楽:ニューウェーブ・バロック・オーケストラ・トウキョウ
めぐろパーシモンホール 大ホール

2024年5月 25日(土)17:00
26日(日)14:00