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「瓦礫(がれき)の中で生きていくダナエの姿は僕たち自身なんです」 深作健太監督に聞く『ダナエの愛』の魅力 語り◎深作健太 聞き手・文◎室田尚子 写真◎福水託

 この秋、リヒャルト・シュトラウス作曲の『ダナエの愛』でオペラ演出デビューを飾る深作健太監督。2003年に故・深作欣二監督の跡を継いだ映画「バトル・ロワイアルII【鎮魂歌】」で監督デビューしてから数多くのヒット映画を手がけ、さらに近年は舞台演出のジャンルでも高い評価を得ている。いつお会いしても丁寧な物腰、しかしいったん語り始めるとオペラへの真摯な情熱があふれ出す深作監督に、リヒャルト・シュトラウス幻の傑作といわれる『ダナエの愛』の魅力を存分に語ってもらった。

リヒャルト・シュトラウス後期作品のもつ「美しさ」

―リヒャルト・シュトラウスの音楽の魅力についてお聞かせください。

 学生時代の僕は、『サロメ』や『エレクトラ』といった初期の、いわばとんがった作品の方が好きで、『ばらの騎士』『ナクソス島のアリアドネ』といった代表作や、後期の作品の魅力がまだよくわからなかったんです。でも年を取って、作風の変化の背景に、彼が体験した二つの戦争が大きく影響しているんだと理解して、しっかりと聴けるようになりました。少し話が逸れますが、僕の父は敗戦の年にちょうど中学生で、まさに、瓦礫(がれき)の中で青春を過ごした世代。《バトル・ロワイアル》という映画にもそうした「瓦礫の世界での青春」が重ねられている。シュトラウスも、戦争をはさんで音楽が「クラシック」として過去のものに変わってゆく時代に、その最後の輝きのようなものを必死で表現しようとしていた。まさに、作風の変化の背景には戦争や帝政の崩壊、ナチスの興隆といった重い現実が横たわっています。そのことに気づいた時、シュトラウス独特の荘重ともいえる〈美しさ〉が、ぐっと身近に響くようになったんです。

―それは一種の「滅びの美学」ということでしょうか。

 滅びへの挽歌でもあると同時に、強い再生への希望も感じます。リヒャルト・シュトラウスのオペラにはサロメやエレクトラ、アリアドネ、アラベッラ、ダナエなど、ほとんど女性の名前がタイトルにつけられている。『影のない女』や『無口な女』。『ばらの騎士』も歌うのは女性ですよね?それは、戦争に象徴される男性原理が支配していた時代への、彼なりの抵抗だったのではないでしょうか?ちょうど谷崎潤一郎が戦時中に「細雪」を書き続けたことにも似ていますね。

『ダナエの愛』が描き出すもの

―『ダナエの愛』を演出するにあたって、どのようなプランをお持ちですか。

 大きなテーマが二つあります。ひとつは、戦後70年の今、この日本でこの作品を上演できる意味を刻みたい。戦後の瓦礫の中から復興した日本は、しかし3・11以降、今また深刻な状況に陥っている。エネルギー問題の破綻は、経済的に発展することだけを求めてきた僕たち自身のツケです。僕らは今、新しい瓦礫の中で「さらなる繁栄は可能なのか」という課題を突きつけられている。ダナエは第3幕で荒野に生きることになりますが、この荒野とは、シュトラウスが生きた戦後ドイツの瓦礫、戦後日本の瓦礫、そして現代の日本の瓦礫と、3つの瓦礫が交錯した世界として描きたいと考えています。
 ふたつめのテーマは、「エロスとタナトス」です。ダナエの物語は、黄金の雨が股間に降り注ぐというとてもエロティックなギリシャ神話がモチーフになっていますが、この作品で重要なのは、黄金は生命Lebenをもたらさない、ということ。金が生み出すものは常に死Todで、愛Liebeこそが新しい生命を産むんです。だからダナエは、黄金への執着を捨て、荒野でミダスとの愛を選ぶ。僕は今回、オリジナルの神話にあるダナエが父に幽閉されている、という設定から始めようと思っています。牢獄を寝床に、外の世界を夢見てきた一人の女性が、金が支配する男性原理の世界を抜け出し、瓦礫の中で自分だけの〈愛〉に目覚める物語。

―うかがっていると、深作監督の中には「男と女」という大きなテーマがおありになるように感じます。

 それはリヒャルト・シュトラウスの音楽の中にある「女性性」が、この作品に現れているからではないでしょうか。ワーグナーが描く女性に全員すね毛が見えるのとは違って(笑)、リヒャルト・シュトラウスは当時の男性社会に抵抗する女性の姿に共感している。スコアからは、そうした女性たちを肯定する彼の遺志が聴こえてきます。彼が後期のオペラで描きたかったのは、男性社会に代表される「大きなもの」が支配していた時代が終わり、戦後はもっと小さな単位の愛、つまり家族愛の時代になる、という事への希望。『ダナエの愛』というオペラは、まさにそうした新しく普遍的な〈愛〉を描き出していると思います。

深作健太 映画監督・脚本家・演出家

1972年東京都生まれ。成城大学文芸学部卒業。2000年、父・深作欣二と共に脚本・プロデューサーとして「バトル・ロワイアル」を制作、2003年、撮影中に逝去した父の跡を継ぎ「バトル・ロワイアルII【鎮魂歌】」で監督デビュー。以降、舞台、TVドラマなど多様なジャンルの作品を演出している。「バトル・ロワイアル」にて第24回日本アカデミー賞優秀脚本賞、第20回藤本賞新人賞、「バトル・ロワイアルII【鎮魂歌】」にて第58回毎日映画コンクール脚本賞を受賞。