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『ダナエの愛』キャストインタビュー

林 正子・大沼 徹

  • 文=岸 純信/写真=塚原孝顕

林 正子

 『サロメ』の主役、『リア王』のリーガンなど強烈なキャラクターで光るソプラノ、林正子。鋭い音楽性、豊麗な声音、舞台映えする容姿と美点を幾つも有するプリマドンナでありながら、素顔には澄ましたところがなく、自己洞察にも長けた女性である。今回は、美貌の王女で大神にも懸想されるダナエ役をどのように解釈する?

 「『ダナエの愛』は、R・シュトラウスの最後から2番目のオペラですね。譜面を読むと、作曲者がやりたいことを好きなだけやっているように感じます。最晩年の作品だけに、世間を気にせず、実験的なことをやれたのでしょう。ダナエはギリシャ神話の王女ですがとても我の強い人。父親の王国が破産危機に瀕しているとなれば、私なら“判りました。犠牲になって金持ちに嫁ぎましょう!”と言うかもしれません。でも、ダナエにはそういう気は全くない。蝶よ花よと育てられたでしょうに、拝み倒されてもうんとは言わない。有吉佐和子さんの『和宮様御留』を思い出したほどです(笑)」

 でも、そのダナエが最終的に選ぶのは、父親が婿に求めたミダス王その人。彼は触るものすべてを黄金に変える力を有するが、そのパワーを失って後もダナエはしっかり添い遂げる。それはやはり、「運命の人」と出会った女性ゆえの想い?

 「ミダスと対面する直前に、ダナエは夢で彼の幻を観て“この人と結婚する!”と確信します。だから、実際のミダスが身分を偽って登場しても第六感を働かせますし、大神ユピテルからたびたび誘惑されても振り向かず、慎ましい暮らしの中でもミダスを愛し続けます……第3幕にダナエのソロがありますが、とてもシンプルで美しいですよ。また、第1幕での侍女とダナエの二重唱もご紹介したい聴きどころの一つです。単なる旋律ではなくて、その響きを聴くとぞくっとする美しさです。R・シュトラウスのオーケストレーションは緻密に計算されていて、分厚く響かせながらも一瞬音の層を薄くして声を通すという構造になっています。準・メルクルさんのように欧州で長く活躍されているマエストロなら、歌声が入ると管弦楽の音量を自然に落として下さいます。そういうところがベテランとご一緒する時安心なのです」

 ところで、林自身も実は「運命の人」に出逢った経験ありとのこと。ダナエの胸中をより深く掘り下げるためにも、滅多に口にしない思い出を特別に披露してくれた。

 「ミュンヘンの空港の待合室で、私が座るそばを衛星みたいに何度もまわっては通りすぎる若い男性が居て、“あら、私の好みのタイプ!”などと軽く考えていたら(笑)、飛行機に乗ると真後ろの席にその人が居ました。離陸後少し眠ってふと気づいたら、彼が隣の席に移って来ていて驚きました!(笑)。頼んで席を替わって貰ったそうです……最初に彼と目が合った時から直感で来るものがありました。ですから、運命的な出会いってあると思っています。その彼が夫です」

 笑う姿も、まっすぐな心そのままの快活さ。最後にオペラの魅力を改めて。

 「想像した音型に来ない部分が多くて勉強に時間がかかりますが、それだけに深い音楽です。二期会は珍しい演目も日本初演しますが、今回の『ダナエの愛』を逃したら次の機会は30年後かも!ハレー彗星なみに珍しいオペラです(笑)。是非ご覧下さい!」

林 正子(はやし まさこ) ソプラノ

東京芸術大学音楽学部声楽科卒業、同大学院修了。ジュネーブ音楽院にて研鑚を重ね、ソリスト・ディプロマを取得。01年五島記念文化オペラ新人賞受賞。96、99年銀座セゾン劇場「マスター・クラス」では黒柳徹子演じるマリア・カラスの生徒シャロン役で好評を博す。二期会では02年ベルギー王立モネ劇場提携『ニュルンベルクのマイスタージンガー』エーファをはじめ、05年P. コンヴィチュニー演出『皇帝ティトの慈悲』ヴィテッリア、宮本亜門演出『コジ・ファン・トゥッテ』(芸術祭大賞受賞)フィオルディリージ、10年『ファウストの劫罰』マルグリート、11年『サロメ』タイトルロールを演じている。CD「崖の上のポニョ」(サウンドトラック)中、「海のおかあさん」を収録している。ジュネーブ在住。
二期会会員

大沼 徹

 2006年に二期会に主演デビューし(『ウリッセの帰還』)、『オテロ』のイアーゴ、『パルジファル』のアムフォルタス、『サロメ』のヨカナーンと大役を次々とこなすバリトン、大沼徹。舞台人としての魅力をひとことで表すなら、歌舞伎で言うところの「色悪の存在感」になるだろう。艶っぽい声音と押し出しの良さを武器に、この10月にはR・シュトラウス『ダナエの愛』に出演。ヒロインに言い寄る大神ユピテル役を歌う。

 「考えてみると、神様なのにユピテルは……うーん、“しつこい奴”ですね(笑)。日本人とは全く違う感覚の持ち主です。ドイツに留学した際、ベルリンの鉄道駅で一人のフーリガンを警官隊が20人がかりでぼこぼこにしているのを目撃し、つくづく“西洋人には敵わねえな!”と痛感しました。やるとなったら徹底的にやる人々です。また、僕は女性に袖にされたら“そうか、もういいよ”といって終わりにする性質ですが、ユピテルは“ならば、次はどうやって振り向かせよう?”とあの手この手で迫ります。自分には無いエネルギーだなと(笑)。でも、演じるのは楽しみですよ。ひと癖ある役は面白いです!」

 堂々たる体躯と覇気ある響きでキャラクターを活かす大沼。ドイツオペラでは長大な場面が多いが、歌い切る秘訣はいかに?

 「ドイツものを歌い続けるコツは“休まない”こと。休符のところでも、身体は休めずにいます。ヴェルディなら休符で仕切り直し、ブレスをうんと吸って高い声を出したりも出来ますが、それは重量挙げで最後にどんとバーベルを挙げて、やったぞ!と言うようなもの。でも、ワーグナーやR・シュトラウスでは、バーベルを“上げるぞ、上げるぞ、でも上げないぞ(笑)”という感じで喉の力を保った方が良いのです。意外かもしれませんが、辛い状況がずっと続く方が歌い続けられるようですね。大学時代の恩師、梶井龍太郎先生からも“休むな。お腹に空気を入れたままで、喉を開けっ放しにしておけ、見えを切るな!”とよく注意されました。イタリアオペラとは体の使い方が全然違うと実感しています」

 人生でその都度、良い師に巡り合えた大沼。地元の福島県いわき市で教えを受けた先生たちへの感謝の念も強い。

 「男子校の部活でオーボエを吹いていたので、音楽の教員になりたいと学校に相談したら、音楽の授業を僕一人だけ増やして貰えて週8時間マンツーマンで教わることになりました。そのうえで個人レッスンも受けることにして、佐藤和子先生のもとに一年半休まず通いました。週2回のレッスン後はお宅のピアノを借りて練習し続け、終電で帰宅する日々でした。ですので、歌手になるという意識は無く、教職志望で総合大学に入ったのですが、3年生の時、学食で梶井先生から“歌の道に専念したらどうだ?ドイツにも留学できるぞ!”と諭され、新しいスタートを切ることになりました……オペラとは、大勢でひとつのものを作り上げる芸術です。一人でも欠けたら幕は上がりません。自分もその一人として励んでいます。身体が大きいから確かに悪役は合っているのかな。自分で言うなよっていう感じですが(笑)。スカルピアのような皆に嫌われたりする役が好きです!今回のユピテルもキャラクターの立った役ですし、自分の声にも合っていると思います。『ダナエの愛』、どうぞご覧下さい!」

大沼 徹(おおぬま とおる) バリトン

東海大学教養学部芸術学科音楽学課程卒業、同大学院修了。大学院在学中、ベルリン・フンボルト大学へ留学。ハルトムート・クレッチュマン、クラウス・ヘーガーに師事。第12回「新しい声」ドイツ本選出場。第7回藤沢オペラコンクール奨励賞。第21回五島記念文化賞オペラ新人賞受賞。二期会には、06年ニューウェーブ『ウリッセの帰還』タイトルロールでデビュー、10年『オテロ』(白井晃新演出)イアーゴ、11年『魔笛』パパゲーノ、『サロメ』ヨカナーン、12年『パルジファル』アムフォルタス、13年『こうもり』ファルケ、『ホフマン物語』リンドルフ、コッペリウス他全4役に出演。同年日生劇場『フィデリオ』(飯守泰次郎指揮)ドン・フェルナンド役と目覚ましい活躍である。「冬の旅」「美しき水車小屋の娘」などドイツリートも高い評価を得ている。
二期会会員