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オペラを楽しむ

カールマンの傑作オペレッタで、期待の指揮者、三ツ橋敬子が二期会デビューを果たす インタビュー インタビュー・文◎オヤマダアツシ 写真◎福水託

華やかさとユーモアにあふれている作品で、
登場人物それぞれの個性などから目が離せません

自分の主張をアピールしつつ作品の魅力が伝われば理想的です

 あんなに小柄な女性のどこから、音楽に内包されているエネルギーが湧き上がり、ホールという空間へと放たれるのだろうか。三ツ橋敬子の指揮に接した最初の印象は、数年たった今でもはっきりと残っている。曲はブラームスの交響曲第1番だったが、その場で生まれた音楽は“聴く喜び”をあらためて感じさせてくれ、純粋に「この指揮者をもっと聴いてみたい」と思わせるものだった。彼女の名前を一躍有名にしたアルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクール(2010年)での成果や、テレビ・ドキュメンタリー『情熱大陸』の放送などで話題をさらっていた時期のことだ。
「日本での仕事も徐々に増えてきた時代でしたが、オーケストラ・コンサートが中心であり、オペラは2013年にサイトウキネン・フェスティバルで『ヘンゼルとグレーテル』を指揮したくらい。ウィーンやイタリアでは劇場などで学ぶことも多かったのですが、日本ではまだまだ駆け出しという気持ちです。ここ2〜3年ほどはいくつかのオーケストラからお仕事をいただけて、レパートリーもずいぶん増えてきました。客演するとかつて一緒に勉強をした友人たちに再会することも多くなり、正直なところ少しホッとするんです。お互いに成長したところを見せ合う場になっているかもしれませんが、そういったこともいい刺激になりますね」。
 筆者が接したコンサートも、そうした中のひとつだったのだろう。自らの思う音楽をオーケストラに伝えるため、多彩な顔の表情と指揮棒の動き、オーケストラの中にダイヴするのではないかと思ってしまうほどのアクションなどが、動きのある音楽を作り出していたからだ。
「ときどき自分の指揮姿を映像で見る機会があるのですけれど、やっぱりちょっと恥ずかしいですね。感情の表現が豊かだと言われることもありますが、自分では意識してやっているわけではありませんから、どうしても伝えたいという気持ちが出てしまうのでしょう。初めて共演するオーケストラもまだまだ多く、リハーサルやコンサートで自分をアピールしなくてはいけないとは思いますが、あくまでも作品が主役だと思っていますから、自分の個性が出過ぎてしまってはいけません。自分のやりたい音楽を伝えつつ、その中から作品の魅力が自然に出れば理想的だと思いますが、すぐには答えが見つからない課題であり続けるでしょうね」。

ウィンナ・オペレッタの傑作に 新しいスタイルと可能性を見出す

 東京芸術大学大学院を修了後、イタリアのシエナにあるキジアーナ音楽院へ。さらにはウィーン国立音楽大学へと留学して、指揮のテクニックと音楽への理解を深めた。イタリアではミラノを拠点とし、現在はヴェネツィアに移り住んでいる。
「ありがたいことに日本での仕事も多くなりましたので、イタリアに腰を落ち着けることができなくなりましたが、いい音楽を吸収できる場所であることは変わりありません。今回は二期会で初めてお仕事をさせていただきますが、たくさんの方と一緒に音楽を作り上げる場に立てて、なんだか新鮮な気持ちを味わっています」。
 イタリア在住であれば、劇場で指揮をする機会も多いように思えるのだが、実際はどうなのだろう。
「コンサートの方が多いですし、これからチャンスをどんどん作って経験を積まなくてはいけないと思っています。日本でもコンサートの中でオペラやオペレッタのアリアを指揮することはあるのですけれど、全曲はまだ貴重ですね。実を言いますとウィーンの音楽大学で師事していたコンラッド・ライトナー先生がオペレッタに精通していらっしゃり、私自身、オペレッタの作品もたくさん観ているんです。今回指揮をさせていただく『チャールダーシュの女王』も、有名なヨハン・シュトラウス2世の『こうもり』や『ジプシー男爵』と同じく、ウィーンらしい華やかさとユーモアにあふれているオペレッタであり、登場人物それぞれの個性などから目が離せません」。
 カールマン作曲の『チャールダーシュの女王』は、19世紀後半のウィーンに本格的なオペレッタ文化を定着させたヨハン・シュトラウス2世亡き後(20世紀の到来を目前にした1899年に天へと召されている)、フランツ・レハール作曲の『メリー・ウィドー』や『微笑みの国』などと並んで人気を博した作品。1915年にウィーンで初演され、フォルクスオーパーほか多くの歌劇場がレパートリーに入れているヒット作だ。タイトルロールが人気歌手(チャールダーシュの女王と呼ばれる歌手シルヴァ・ヴァレスク)だけに聴かせどころも多く、彼女を愛する公爵家の息子エドウィン・ロナルト、その父であるレオポルト・マリーア公爵、かつてチャールダーシュの女王と呼ばれた伯爵夫人、エドウィンの婚約者となる伯爵令嬢シュタージ、シルヴァを愛するハンガリーのボニ・カンチァヌ伯爵などが登場し、誤解から生まれる気持ちの行き違いなどを経ながらハッピーエンドへとつながっていく。
「音楽もストーリーもウィーンのオペレッタらしい傑作だと思いますが、華麗なだけではなく、登場するキャラクターのさまざまな心情が歌や動きになって表現されますので、オーケストラが歌や歌詞を補足することもあるでしょう。指揮者の仕事としては重要ですので、ぜひそうした部分も聴いていただければうれしいです。私は特に第3幕の、華やかな場面の中で人間関係が見え隠れする雰囲気に魅了されていますが、ステージの見せ方、歌手の動き方も含めた演出などすべての要素が大事なことは言うまでもありません。演出の田尾下哲さんとディスカッションを重ねながら、どうすれば皆様に楽しんでいただけるか考えるのも、新鮮で楽しい作業です。今回は日本語での上演になりますが、だからこそ新しいオペレッタのスタイルや可能性が生まれればいいですね」。
 ところでひとつ、おせっかいながらの質問を。三ツ橋さんは指揮台へ上がる際、常にヒールのあるパンプスを愛用している印象が強い。動きが激しいこともある中、危なくはないのだろうか。
「普段の生活でも履いていますから特に困ったことはありませんけれど、指揮台の上では少しでも大きく見えたらいいな、という思いもあって…。でも身長については特に意識していません。自分がやりたいことを棒の動きや全身でどう伝えるのかは、曲によっても違ってくると思いますし、ひとつひとつのお仕事が経験として積み重なっていくでしょうから、今回の『チャールダーシュの女王』でも共演させていただく皆さんから、いろいろなことを学びたいと思っています」。
 これから多方向へと広がるであろう三ツ橋敬子のキャリアにおいて、今回の『チャールダーシュの女王』が輝かしい刻印となることを期待しつつ、この素晴らしい演目には最高級のエンタテインメントが用意されているのだということをお伝えしておこう。

三ツ橋敬子(みつはし けいこ) 
東京芸術大学及び同大学院修了。ウィーン国立音楽大学、キジアーナ音楽院に留学。小澤征爾、小林研一郎、G. ジェルメッティ、E. アッツェル、H=M. シュナイト、湯浅勇治、松尾葉子、高階正光の各氏に師事。08年第10回アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクール優勝。10年第9回アルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクール準優勝(聴衆賞も獲得)。13年第12回齋藤秀雄メモリアル基金賞受賞。これまでに国内の主要オーケストラへ客演するほか、ジュゼッペ・ヴェルディ響、スロヴァキア・フィル、ボルツァーノ・トレント・ハイドンオーケストラなどヨーロッパでの定期演奏会にも客演。09年Newsweek Japan誌にて「世界が尊敬する日本人100人」に選出。11年ドキュメンタリー番組「情熱大陸」にも取り上げられた。伊・ヴェネツィア在住。


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