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オペラを楽しむ

円熟のバリトンヴォイスの秘訣黒田博の魅力に迫る 文◎髙野麻衣 写真◎福水託 撮影協力 トーヨーキッチンスタイル

 「ジンジャーエール用のシロップはね、生姜を同量の砂糖と煮て作るシンプルなものです。最初は中火、ぐつぐつ言い出したら弱火にして、あとは濾すだけ。冷めてからレモン1個分の搾り汁を足すと、こんなふうにピンク色になる。いまちょうど、新生姜の季節ですからね。おすすめですよ」。
 南青山の閑静な一角にある、トーヨーキッチンスタイルのショールーム。シャンデリア輝く空間で優雅にポージングを決めながら、黒田博さんの口からはとどまることなく自慢の?!レシピがあふれ出す。
「最近のおすすめはハタハタのフライパン焼き。それから、牛すじの煮込み。牛すじの塊が手に入ったら、ていねいに下ごしらえしておけば、なんにでも使える。シチューやカレーに入れたり、葱焼きにしたり。コラーゲンもたっぷりです」。
 料理にはそれこそ、小学生の頃から親しんできた。京都市の中心、下鴨神社のほど近くで生まれ育った黒田さんは「洗練された食と文化に恵まれていた」と語る。両親が学校の先生だったので、たとえば土曜日の昼、学校から先に帰っておなかがすいたら自分でラーメンを作った。そのうち食べるなら美味いものを、と工夫を重ねるようになった。オペラ歌手のなかでは食通ではないほう、と語るがこだわりはある。
「好きな酒は焼酎とバーボン。とくに“黄猿”という焼酎が好きです。スタジオ近くの酒屋さんに偶然立ち寄って出会った薩摩の芋焼酎です。飲んだ瞬間に、これは美味しいと一口ぼれ。そうしてハタハタやシシャモ焼いたら、いくらでもいける。最近はもっぱら魚です(笑)」
 とはいえオペラにコンサートにと、多忙な日々。艶やかなバリトンを保つために、本番前には良質な肉で力を蓄える。歌い手は、アスリートそのもの。オペラを1本歌うのには、スポーツ選手の試合と同じくらいの体力を使うという。6月に新国立劇場で上演された『鹿鳴館』でも、悪徳の美の象徴・影山伯爵をノーブルに演じた。立っているだけで目を惹く存在感は、どこから生まれたのだろう。
「京都生まれというのは、関係しているかも知れません。自然とノーブルがひっついてきちゃう(笑)。子どもの頃、わりとかわいいと言われたからか(笑)、いつも自分がどう見られているかを意識していた気がします。たとえば舞台でいかにすっと立つか、座るか。今どこから照明が当たっているか。長時間ずっと人の前に立って見られる姿勢を保つ、そんなこと、日常生活ではありません。姿勢を保つ筋力だけでも精一杯なのに、共演者のセリフの応酬を聴いて、ある言葉に反応してわずかな角度で顔を向けるとか、細かく計算して考えている。舞台人の性ですね、全身で『俺を見ろ!』と念じているんです。
 ドン・ジョヴァンニは悪人ではないと思っているし、影山でさえ単純な悪玉ではない、と僕は思うんですが、悪を演じるのはおもしろい。自分にも腹の中で思うことと口に出すことが違う、というところはあるかもしれない。でもそれは、よくいう“京都人のいけず”ではなく思いやりなんです。京都はね、同じように人を気遣う人同士が、ちょうどいい距離感をもって暮らしている街」。
 オペラ出演が続くとなかなか休めないが、それでもオフの日は、意外にも「家の中でじーっとしています。いつかネットや携帯のつながらない別邸をもって、ダラダラするのが夢です」。そういう黒田さんの表情には、おどけていてもどこかノーブルの余裕が垣間見える。好きなのはブラームスとショパン。最近すごいと思うのはワーグナーだが、『マイスタージンガー』の前奏曲などを聴くと、やはり歌っていた役、ハンス・ザックスの記憶がよみがえるという。
「そういう時間や舞台と記憶がつながっている。今は仕事だけれども、なんだかんだいっても、音楽と別れるのは死ぬときだと思っている。伴侶、という言葉を使うと妻には叱られるかもしれないですが、友というよりは、すでに分かち難い人生の一部なのです」。

TOYO KITCHEN STYLE TOKYO
数多くの人気・有名ショップが軒を連ねるトレンドの中心地、南青山に位置する東京ショールーム。2フロアのゆったりとした空間で最新キッチンやリビングなど、世界中から集められた最旬のインテリアを体感できる。

〒107-0062
東京都港区南青山3-16-3
電話:03-5771-1040
営業時間:11:00〜19:00
休館日:毎週水曜日/夏期/年末年始
www.toyokitchen.co.jp

黒田 博(くろだ ひろし) バリトン
京都府出身。京都市立芸術大学卒業。東京芸術大学大学院オペラ科修了。
89年より2年間イタリアへ留学。オペラでは、モーツァルト4大オペラをはじめ、現代の新作まで様々な作品に出演。二期会50周年記念公演2002年『ニュルンベルクのマイスタージンガー』(ベルギー王立モネ劇場提携公演)ハンス・ザックス、03年日生劇場開場40周年記念特別公演『ルル』では難役シェーン博士と切り裂きジャックの二役を演じた。二期会ほか、新国立劇場、びわ湖ホール等で数々のタイトルロールを演じ、いずれも演劇性の高い舞台で定評がある。2010年、新国立劇場創作委嘱作品〈世界初演・池辺晋一郎作曲〉オペラ『鹿鳴館』影山悠敏伯爵を、今年6月再演。コンサートにおいてもバロックから現代まで幅広く活躍している。
二期会会員


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