TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

ENGLISH

オペラを楽しむ

ハンガリーの血がたぎるカールマンのオペレッタ

文=田辺秀樹

© Österreich Werbung, Photographer: Wiesenhofer

 もしかして、あなたはオペレッタというものをいくぶん小馬鹿にしてはいないだろうか?ああ、あのはしゃぎ好きで甘ったるい軽いオペラね、とかなんとか。ま、べつに尊敬してもらわなくたって、ちっともかまわない。でも、オペレッタを熱愛する者のひとりとして、「オペレッタをなめんなよ」とは言いたい。かのフランスの作曲家サン=サーンスは言った。「オペレッタはオペラの堕落した娘だ。しかし、堕落した娘が魅力的でないなんて、誰が言えようか!」。そうだ!そして、筆者が尊敬してやまない今は亡き指揮者マエストロ・サヴァリッシュは、こう言われたのだ。「かけ出しのころ、地方の劇場でオペレッタをたくさん指揮したことが、その後の私にとって貴重な体験となりました」。オペレッタで人気歌手になるためには、歌えて、芝居ができて、踊れて、さらにヴィジュアル的にもイケてないと苦しい。しかも訳詞上演が多いから、日本でやる場合、日本語の言葉をしっかり歌えて語れないといけない。オペレッタは、ある意味オペラ以上に多くを要求される、なかなかどうして容易ならざる音楽劇なのだ。

エメーリヒ・カールマン(Emmerich Kálmán /
Kálmán Imre 1882-1953)

 さて、オペレッタとくれば、まずは『こうもり』(J・シュトラウス)と『メリー・ウィドウ』(F・レハール)だ。この2大傑作の素晴らしさは、今さら言うまでもない。しかし、魅力的なオペレッタはほかにもたくさんある。まっ先に挙げるべきは、エメーリヒ・カールマン作曲の『チャールダーシュの女王』だろう。
 カールマン(1882-1953)は、レハールと共にウィーン・オペレッタのいわゆる〈銀の時代〉を代表するオペレッタ作曲家。ハンガリー出身でウィーンに移り、ウィーンを中心に活躍した。ハンガリー名はカールマーン・イムレ。エメーリヒ・カールマンはドイツ語式の名前だ。1910年前後からオペレッタを書き始め、1915年ウィーン初演の『チャールダーシュの女王』で一躍世界的な名声を獲得した。ほかにも『マリッツァ伯爵令嬢』(1924年)、『サーカス妃殿下』(1926年)など多くのオペレッタを作曲している。第二次大戦中はナチスを逃れてアメリカに渡り、戦後はウィーンには戻らず、1953年パリで世を去った。
 『チャールダーシュの女王』の初演は1915年というから、第一次世界大戦が勃発して間もないころ。オペレッタなんかに浮かれている場合じゃないはずだが、これが大ヒットした。ストーリーは、いわゆる〈旧き良き時代〉、そう、まさに第一次世界大戦勃発によって決定的な終止符が打たれた、ベル・エポックの時代のウィーンとブダペストを舞台とする、ノスタルジックでロマンチックなラブ・コメディーだ。タイトル・ロールの女主人公は、ブダペストのヴァリエテ劇場(大衆的演芸場)で人気沸騰の歌姫シルヴァ。得意とするのはハンガリーの民族舞曲チャールダーシュの歌と踊りだ。その彼女にぞっこんなのが、ウィーンの由緒ある侯爵家の息子エドウィン。シルヴァのほうもまんざらではないのだが、ふたりの結婚となるとスンナリとはいかない。エドウィンの父親の老侯爵は、息子の嫁はなんとしても貴族の家からもらわねば、ということで、伯爵家の令嬢シュタージなる娘と無理矢理結婚させようとしているからだ。「青い血」(貴族の血筋)にこだわる父親からすれば、「粗野で低俗な」チャールダーシュで人気を集める演芸場の女芸人ふぜいが息子と結婚して侯爵夫人(フュルスティン)になる――つまり「チャールダーシュ侯爵夫人」なんてことは、到底許せないのだ(日本で通用しているこのオペレッタの邦訳タイトル『チャールダーシュの女王』は、その意味ではいくぶん「チャールダーシュ・フュルスティン」というミス・マッチな2つの言葉を合わせた原語のニュアンスからずれてしまう恨みがある)。身分違いゆえに結婚が困難なシルヴァとエドウィンのカップルのほかに、やはりシルヴァの大ファンでエドウィンの親友のボニ伯爵、狂言回し的な役割を演ずるブダペストの粋な伊達男フェリ・バーチなどがいろいろ絡んで、紆余曲折の恋のさや当てが演じられる。最後には、老侯爵の夫人もじつは若いころ劇場で人気を博した歌姫だったことが露見して、頑固親父も折れざるをえなくなり、シルヴァとエドウィン、シュタージとボニの2組のカップルが成立してのハッピーエンドということになる。

「キャバレー・フレーダーマウス」という20世紀初カールマンのオペレッタ 頭にウィーンにあった大衆演芸場のプログラム絵。
モーリッツ・ユング作(1907)
所蔵:Klaus Budzinski Archiv

 このオペレッタの最大の魅力は、濃厚なハンガリー色で彩られたそのとびきり生きのいい音楽だ。シルヴァが登場して歌うチャールダーシュの歌は、ハンガリーのジプシー音楽ならではの哀愁味で魅了し(曲の前半)、テンポを上げながらダイナミックに盛り上がる後半部分では、聴く者をめいっぱい興奮させずにはおかない。終幕でフェリ・バーチが歌うチャールダーシュの歌も、まさにハンガリー人の血が湧き肉が躍るといった感じだ。ウィーンも舞台になっているから、ワルツの歌や曲も多いが、カールマンのワルツは、シュトラウス・ファミリーやレハールのそれとはひと味違う。優美さや繊細さはそれほどでもないが、そのかわり、すぐ鼻歌で歌えるような親しみやすさと、なにより、聴けばだれでも身体が自然に揺れてきてしまうような、強力な躍動感にあふれている。歌にせよ踊りにせよ、ハンガリー人のテムペラメント(激しい気性/熱情)はハンパではないのだ。そのほかにも、ヴァリエテ劇場の常連客のプレイボーイたちが歌う「俺たちみんな遊び人」とか「女なしには始まらない」といったキャバレー風の痛快な戯れ歌なども、楽しいことこの上ない。
 セリフ入りの歌芝居としてのオペレッタは、その後ミュージカルへと姿を変えていった。カールマンのオペレッタは、いろいろな点でかなりミュージカルに近いものといえる。ミュージカルが好きな人なら、楽しめること請け合いだ。なんといっても、次から次へと現れる美しいメロディーの魅力が絶大だし、マイク無しの生声と本格的オーケストラは、ミュージカルとは大違い。ぜひ『チャールダーシュの女王』でオペレッタの楽しさを体験していただきたいものだ。

フォルクスオーパーにて上演された『チャールダーシュの女王』の1シーン。
©Dimo Dimov / Volksoper Wien


→オペラを楽しむTOP →2014年11月公演『チャールダーシュの女王』公演詳細