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オペラを楽しむ

「オペラの楽しみ」 室田尚子

第10回「このオペラが効く!その6」
女の恐さを描いたオペラ

オペラの中には、実に様々な個性をもった人物たちが登場します。どこまでも純愛に生きる青年あり、男を手玉にとる悪女あり、可憐で純粋な少女あり。ドラマや映画に比べてステレオタイプ化されているからこそ、オペラの登場人物は、時には自分がどう生きるかについてのケーススタディとなったり、また時には悩める恋愛への答えを探すきっかけとなったりします。今回は、「女の恐さ」を描いた3つの作品についてみてみることにしましょう。


(1) プッチーニ『トゥーランドット』


プッチーニ『トゥーランドット』
写真提供:新国立劇場 2001/2002シーズン 撮影:三枝近志
古今数あるオペラの中で、もっとも「恐い女」といえば、やはりこの人をおいて他にないでしょう。舞台は伝説時代の中国。たぐいまれな美貌をもちながら「氷の姫君」とよばれるトゥーランドットは、並みいる求婚者たちに謎かけをしては、答えられないと次々に首をはねていく、という恐ろしいお姫様。なぜ彼女がそれほど残忍な行動に出ているのかというと、そこには男性に対する根深い「恨み」があります。しかもその「恨み」、彼女自身のものではなく、かつて蛮族に襲われた先祖のローリン姫の「恨み」をわがものとしている、というのですから、これはもう理屈ではどうにもなりません。
トゥーランドットの男性に対するこうした仕打ちは、ある意味では処女の残酷さを象徴しているともいえます。謎が解けなかった愚かな男たちに対する情け容赦のない処刑は、少しでも恋愛のよろこびを知っている女性ならばなかなか実行できないもの。物語の最後でトゥーランドットが王子カラフの胸に飛び込む時、彼女ははじめて、「愛(これがカラフのシンボルです)」というものを知った「女」になるわけで、そういう意味では『トゥーランドット』は、「女の恐さ」を描いた、というよりは「少女の残酷さ」を描いたオペラ、ということができるかもしれません。




(2) ベルク『ルル』
アルバン・ベルク『ルル』日生劇場開場40周年記念特別公演全3幕完成版 日本初演 撮影:鍔山英次
2003年11月日生劇場 左:シェーン博士(黒田博) 右:ルル(飯田みち代)

左からシェーン博士(黒田博)、劇場支配人(峰茂樹)、ルル(飯田みち代)、劇場の衣裳係(加納悦子)
20世紀を代表するオペラのひとつ、ベルクの『ルル』は、男を手玉にとる悪女ルルが主人公です。彼女の周りには常に男たちが群がっています。現在の夫である医事顧問。人妻と知りながら彼女に恋する画家。ルルとの関係を清算したいのになかなかできないシェーン博士。そして、博士の息子アルヴァ。さらには、彼女の父親と称するシゴルヒ、サーカスの力芸人、若い学生、果ては女性であるゲシュヴィッツ伯爵令嬢まで、このオペラに登場する人々は男女を問わず、ルルと関係がある(あるいはあった)者たちばかり。そして、ルルを愛した男たち(と女)は、最後にはみんな死んでしまうのです。
世紀末から20世紀のはじめにかけては、こうした男の人生を狂わせてしまう「ファム・ファタール(運命の女)」がもてはやされた時代であり、まさにルルこそは時代のシンボルだったといえます。現実の世界でこういう悪女に振り回されるのは大変なことでしょうが、それほど魅力的な女性に会ってみたい、と思わせるほど、ルルは女性からみてもチャーミングです。ただ、彼女の最後は、ロンドンで売春婦となり切り裂きジャックに殺されてしまう、という悲惨なもの。もしかするとルルは、多くの男たちに愛されながらも「本当の愛」を知ることのできなかった、「悲しい女」なのかもしれません。



(3) リヒャルト・シュトラウス『エレクトラ』
R.シュトラウス『エレクトラ』
写真提供:新国立劇場 2004/2005シーズン
ギリシャ悲劇を題材にした『エレクトラ』は、殺された父親の復讐に燃える主人公エレクトラの姿を描いた1幕のオペラ。エレクトラは、愛人と計って王である夫を殺した実の母のことを決して許さず、今は宮殿で奴隷のような暮らしをしています。彼女の望みはただひとつ、亡き父王の復讐を果たす、つまり母とその愛人の死のみ。エレクトラの父への執着は「エレクトラ・コンプレックス」の語源となっていますが、このオペラでは、徹底的に彼女の復讐にかける思いが描かれていきます。最後に、弟オレストによって母と愛人が殺されると、エレクトラは歓喜の中、踊りながら倒れてしまいます。
自らの正義を果たすために、怒りと復讐だけを生きるすべにしたエレクトラ。その姿を観ていると、現代にあってとかく軽んじられがちな「正義」や「信念」というものの重さについて考えさせられずにはいられません。

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