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オペラを楽しむ

「オペラの楽しみ」 室田尚子

第9回「このオペラが効く!その5」
日本が舞台のオペラ

このオペラが効く!』シリーズも、はや5回目を数えることになりました。これからも、皆さんが、生活の中で楽しむ作品をご紹介していきたいと思います。
さて、今回は、オペラの舞台になる場所のお話です。オペラの舞台は、そのほとんどがヨーロッパの国々。その他は、アメリカ、架空の国や場所、そしてアラビアやアジアがほんの少し、という感じ。では、我らが日本は?これからご紹介する3作品は、いずれも日本が舞台となっていますが、さて、どんな日本と日本人が登場するのでしょうか。


(1) プッチーニ『蝶々夫人』
『蝶々夫人』2006年7月14日・15日・16日・17日 東京文化会館 撮影:鍔山英次
写真は木下美穂子(蝶々さん) 、永井和子(スズキ)
日本が舞台になっている代表的なオペラといえば、プッチーニの『蝶々夫人』でしょう。長崎を舞台に、アメリカ軍人ピンカートンと愛し合うものの捨てられてしまう可憐な日本女性蝶々さんの悲劇を描いたこの作品は、西洋と東洋、男と女といった普遍的な問題を、プッチーニ流の華麗で美しい音楽でつづっています。
この作品が生み出された背景には、19世紀後半から20世紀の初頭にかけて、ヨーロッパで大流行した「ジャポニスム」の影響を見逃すことができません。「ジャポニスム」は、ロンドンやパリで開催された万国博覧会で、浮世絵をはじめとする日本の芸術が紹介されたことに端を発しています。多くの芸術家が日本をテーマにした作品を書きましたが、中国と日本を混同したような奇妙な音楽が多い中にあって、プッチーニは、長唄「越後獅子」や「さくらさくら」「お江戸日本橋」といった俗謡、五音音階などを巧みに使って日本的な情緒を醸し出すことに成功しています。
このオペラを観るときの注意点をひとつ。ヨーロッパの歌手が黒髪のかつらをかぶって着物を着て蝶々さんを演じている舞台は、どうしても私たち日本人から見ると奇妙な図柄に見えてしまいます。また以前は、日本のことをあまりよく知らない欧米人演出家による珍妙きわまりない演出もありました。もちろんそこは、素晴らしい歌唱でカバーできるのですが、やはり絵的にも音楽的にも、日本とヨーロッパがうまく溶け合った舞台になっているものを選んで見ることをオススメします。




(2) サリヴァン『ミカド』
ギルバート&サリヴァン:喜歌劇「ミカド」(1950年 ロンドン)8.110176-77
(c)Naxos Rights International Ltd.
変わってこちらは、いわゆる「トンデモ日本」てんこもりの作品。その名も『ミカド』、つまり日本の皇太子が主人公の物語です。作曲したのはイギリスのアーサー・サリヴァン。サーの称号をもつサリヴァンは、台本作家のウィリアム・ギルバートと一緒につくった「ギルバート・サリヴァン・オペラ」と呼ばれる一連の作品によって有名になりました。これらは、オペラとはいっても、どちらかというとオペレッタに分類されるもので、また、現代でも人気の高いロンドンのミュージカルの元祖ともいわれています。
この作品のトンデモ度は、登場人物の名前に表れています。三味線をもった吟遊詩人(!)に身をやつしている皇太子はナンキプー、三姉妹はヤムヤム、ピティシン、ピープボー、そして死刑執行人はココ、という風に、明らかに中国(か東南アジアのどこかの国)と日本を混同しています。こうした「エキゾティック・ジャパン」のイメージだけをなぞった作品は、「ジャポニスム」の流行の中で数多く生み出されましたが、ここはあまり目くじらをたてず、気軽な気持ちでオペレッタの世界を楽しもうではありませんか。



(3) 團伊玖磨『夕鶴』
『夕鶴』1985年5月18日 新宿文化センター
中澤桂(つう) 撮影:鍔山英次
最後にご紹介するのは、正真正銘、日本人が書いた日本を舞台にしたオペラ。2001年に亡くなった團伊玖磨が、木下順二の戯曲「夕鶴」を、「一言一句戯曲を変更してはならない」という条件のもとにオペラ化した『夕鶴』です(ちなみに團は、初めに演劇の付随音楽を作曲し、その後オペラ化を決意しています)。初演は1952(昭和27)年。以来、600回以上の上演記録を数え、数々の賞も受賞しています。物語は、有名な民話「つるのおんがえし」をベースにしたもの。鶴の化身であるヒロインつうの、純粋で美しい心がそのまま音楽になったかのような、美しいオペラです。つうを演じている歌手は数多くいますが、自分を犠牲にして相手に尽くすという昔ながらの日本女性の姿と、さらにそれが人間ではなく鶴であるという身の上をいかに表現するかが、最大の聴かせどころといえるでしょう。

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