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オペラを楽しむ

二人のエミリア・マルティ 小山由美・蔵野蘭子

文・山之内英明


2005年11月 ハノーファー歌劇場と東京二期会との国際共同制作 ワーグナー『さまよえるオランダ人』謎めいた船乗りのオランダ人に魅入られたゼンタを演じる蔵野蘭子。婚約者エリックは星洋二 オランダ人は泉良平。指揮:エド・デ・ワールト 演出・美術:渡辺和子 東京文化会館 撮影: K.Nakagawa
2008年2月ワーグナー『ワルキューレ』小山由美演じる誇り高い女神フリッカ。左はフリッカの夫で神々の長ヴォータン(小森輝彦)。指揮:飯守泰次郎 演出・装置:ジョエル・ローウェルス 東京文化会館 撮影:三枝近志 小山は、デュトワ、準・メルクルら指揮者の信頼も厚く、国内外で出演が相次ぐ。
『マ
クロプロス家の事』のエミリア・マルティは、トスカと並んで、プリマドンナの役の中でも最も魅力的な人物の一人ではないだろうか。それは、エミリア・マルティが作品の中でもプリマドンナ歌手だからであり、また、三三七歳という想像を絶する年月を「老い」を知らずに生き続けた彼女が、常に美貌で男性を魅了し続け、アヴァンチュールを繰り返す人生を全うしたからだろう。チャペックが原作を書いた二十世紀初めには、次から次へと恋愛遍歴を重ねる女性は非難の対象となったかもしれないが、エミリア・マルティは別格だ。なぜなら、彼女だけが三百年の不老不死なのに、相手の男性は次々に寿命を迎えてしまうのだから。
十一月に日生劇場の四十五周年を記念して東京二期会との共催で上演される『マクロプロス家の事』では、小山由美と蔵野蘭子の二人がエミリア・マルティを歌う。二人の個性が違うだけに、それぞれがどんなエミリア・マルティ像を演じるか、どちらも見逃せない。
小山由美は、ドイツ人に負けないワーグナーを歌えるメゾソプラノ歌手として、フリッカやオルトルートなどの役を得意として来た。メゾソプラノという声柄は、どうしても恋するプリマドンナの敵役になってしまう損な役回りだ。お堅いフリッカと、対照的なエミリア・マルティ、この二役をともに得意とした歌手がいる。それは、ドイツにおけるヤナーチェクの上演史を語る上では欠かせない存在のアニア・シリアだ。舞台上で常に存在感のある小山には、シリアに匹敵する語り草となるような名演を期待したい。
一方の蔵野蘭子は、ジークリンデやゼンタなど、ワーグナー作品で恋する主体を演じて観客を魅了して来た。エミリア・マルティにぴったりの声と役柄の持ち主だ。
第三幕で、「あなたの名前は」と問い詰められたエミリア・マルティが「エリナ・マクロプロス」と答える場面に、ヤナーチェクはなんとも魅力的なメロディーを付けている。小山と蔵野の二人が本当の名を明かす時、エミリア・マルティが三百年以上の間どんな生き方を歩んで来たのか、それぞれの役作りが観客に端的に伝わって来ることを期待している。

山之内英明(やまのうち・えいめい)
◎音楽評論家。1964年生まれ。日本文学(古典演劇)専攻。1998年より、週刊オン☆ステージ新聞などに演奏会評を執筆している。[ブログ英楽館]http://eirakukan.seesaa.net/



『マクロプロス家の事』制作発表会

1. 財団法人東京二期会理事長 栗林義信 
2. クリスタ役 長谷川忍 
3. 指揮者 クリスティアン・アルミンク 
4. 演出家 鈴木敬介 
5.制作発表会の様子
ヤナーチェク作曲オペラ『マクロプロス家の事』の制作発表会が、6月9日、日生劇場で行われた。会場には演出家 鈴木敬介氏、指揮者 クリスティアン・アルミンク氏、財団法人日生文化振興財団理事長 名原剛氏、日生劇場芸術参与 高島勲氏、クリスタ役 長谷川忍、財団法人東京二期会理事長 栗林義信が出席した。
現在日本では、ヤナーチェク作品の人気が急速に高まってきている。2004年に『イェヌーファ』を東京二期会が上演、2006年には『利口な女狐』を日生劇場が上演し、いずれも高い評価を得ている。その流れを受け、日生劇場開場45周年記念特別公演として、ヤナーチェク作曲『マクロプロス家の事』を財団法人東京二期会との共同主催で制作上演する運びとなった。
栗林は「この演目は決して日本初演ということではないが、完璧な舞台ができれば」と上演に向け意気込みを語った。
指揮者はヤナーチェク・フィルハーモニーの音楽監督を6年間務めていたアルミンク氏。ヤナーチェクの音楽について「器楽編成や演奏の音域も非常に独特です。たとえばバイオリンなどは、大変高い音域で弾くことを要求されます。しかしこうしたすべての特徴、特別なことが、まさにヤナーチェクなのです。5小節聞いただけでもわかるほど、彼の音楽というのは唯一無二の存在なのです」と話した。
今回演出を手がける鈴木氏は、カレル・チャペックの原作とオペラの台本を比較しその違いに驚いたという。「原作は《長生きすることとはどんなことか》を、永遠と議論しているんですね。しかしヤナーチェクはこの部分をカットしてしまった。この部分が主題ではなかったのだろうかと、最初は思っていましたが、じっくり原作と台本を読み込んでいくうちに、ヤナーチェクの考えがわかってきました」と話す。不老長寿という難しいテーマをどう私たちに訴えかけるのか、鈴木氏の演出に期待が高まる。また、エミリア・マルティに憧れるクリスタを演じる長谷川は「ある意味自由奔放で、純粋なクリスタ役を演じられたら」と話した。
今年で没後80周年を迎える、20世紀のオペラを代表する作曲家ヤナーチェク。彼の代表作品でもある『マクロプロス家の事』が、日生劇場と東京二期会が総力を上げて取り組み、選り抜きのキャストが揃ったこの公演、乞うご期待!