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二期会70周年特別企画 伝統文化、将棋とオペラの交流 [連載第1回] テノール 大野徹也 将棋棋士、佐藤天彦九段がオペラの魅力を探る 撮影:佐藤 久 構成・文:吉浦由子

渋谷区千駄ヶ谷に拠点を構える日本将棋連盟と東京二期会。文化発信の担い手である、“貴族”の愛称で知られる人気トップ棋士、佐藤天彦九段と二期会所属歌手との対談連載。今回は佐藤九段のファンで、オペラ界屈指の将棋好きプリマがお相手です。

クラシック音楽好きで知られる佐藤九段が、7月16日に東京二期会『椿姫』を観劇。終演後、将棋ファンのソプラノ田崎尚美と対談。感想などを語っていただきました。

天彦 客席で観ると「素晴らしい!」のひと言に尽きます。普遍的な愛というテーマを通して舞台装置、ダンスの要素などが歌手の方の演技や歌と一体となり、重層的な美しさを醸し出していました。オペラが総合芸術と言われるゆえんに納得します。個人的には、斜俯瞰に設置された大きな鏡の演出がとても印象的でした。

田崎 私の出演は『椿姫』のようなイタリアオペラはもとより、ドイツオペラも多く、中には残酷な役も。昨日も『サロメ』で首をよこせ!という役を演じてきました。また昨年の宮本亞門さん演出『パルジファル』では、宙吊りになって昇天していくクンドリ役を演じました。

天彦 歌手の方は歌いますから、演技だけに集中とはいきませんよね。演者同士の息を合わせるのは大変だと思いますが、そこにアドリブや即興性は必要でしょうか?

田崎 むしろ演技しながら歌う方が歌いやすいという方も結構います(笑)。確かに即興性は大切ですが、マエストロ、演出家、舞台監督に叱られない範囲内で、です(笑)。

天彦 『椿姫』の主人公は最後に死んでしまいますが、何か不思議と悲しさだけに終始しないのも興味深かったです。死生観も多種多様ですし、その時の音楽にしても、重く悲しい感じはしませんでした。イタリアオペラの、どこか洒脱で楽観的な味わいという印象も感じました。『サロメ』はR・シュトラウス作曲でしたよね? このような機会をいただいたのでドイツオペラもぜひ、観てみたいですね。

田崎 2021年にコロナ禍で中止になってしまったR・シュトラウス『影のない女』はコンヴィチュニー演出で、東京二期会にとっても一大イベント。今、24年の上演に向けてクラウドファンディングを行っています。

天彦 日本将棋連盟でも新将棋会館建設のため、クラウドファンディングをしています。

田崎 はい、私もさせていただきました。将棋連盟のものは返礼品も魅力的ですね。

天彦 返礼品も、僕たちにとってはそれほど特別感がないのですが、喜んでいただいて光栄です。特別感といえば、テレビや新聞などで、対局中のおやつや昼食がよく話題に上がるじゃないですか? 僕も最初はとくに意識しませんでしたが、よく考えると棋士が選ぶメニューで、戦法の特徴や性格がわかったりするんです。例えば地方での対局で、体調を考え無難なものを注文するストイックタイプなのか、名物を食べてモチベーションを上げるタイプなのか。僕はどちらかと言えば後者のタイプですが(笑)。歌手の方も健康管理に気を使いますよね?

田崎 私は睡眠が大切ですね。寝起きは声が出づらく、起床後4時間くらいしないと本調子になりません。夜遅くまで練習し、翌朝は予定よりだいぶ早く起きないといけない場合、どうしても寝不足になります。こうした際も、オーケストラの音を感じて自身の体調とを“対話”させながら、ですね。

天彦 棋士も歌手も生身の人間ですからね。例えば普通この手に対してなら躊躇なく次の一手を指せるけど、同じ手を強い相手が指してきた場合、何か深い意味があるのではと猜疑心が出たりするんです。オペラの〝対話〟も将棋の“対局”も人の心の機微というものが魅力ですね。

佐藤天彦(Amahiko Satoh)

1988年福岡県生まれ。中田功門下。2006年プロ入り。2008年第39期新人王戦で棋戦初優勝。2016年第74期名人戦にて羽生善治氏を破り、名人位を獲得、九段昇段、以後3期連続名人位。将棋大賞は2015年度に最多勝利賞・最多対局賞・連勝賞・名局賞・敢闘賞の五部門を獲得。2016年第2期叡王戦優勝、2018年第26期銀河戦優勝。

田崎尚美(Naomi Tasaki)

豊かな表現力と圧倒的な存在感、美しさを携えた声で高い評価を得、多くのオペラに主演。近年東京二期会では『サロメ』及び『トゥーランドット』題名役を演じ、新国立劇場『さまよえるオランダ人』ゼンタも好評を博す。今後も日生劇場『マクベス』、全国共同制作オペラ『こうもり』、東京二期会『影のない女』と出演が続く。二期会会員