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二期会70周年特別企画 伝統文化、将棋とオペラの交流 [連載第1回] テノール 大野徹也 将棋棋士、佐藤天彦九段がオペラの魅力を探る 撮影:佐藤 久 構成・文:吉浦由子

渋谷区千駄ヶ谷に拠点を構える日本将棋連盟と東京二期会。文化発信の担い手である、“貴族”の愛称で知られる人気トップ棋士、佐藤天彦九段と二期会所属歌手との対談連載。将棋とオペラの親和性から、互いに知らぬ世界への興味まで、雑談も交えながら、オペラの魅力に迫ります。

中学生時代、ドヴォルザークの「新世界より」を耳にして以来、クラシック音楽にはまったという天彦九段は、作曲家に音楽理論も学び、造詣は知られるところ。ほかにもファッション、インテリアと、その美意識や世界観は多業種から一目置かれるほど。幅広い趣味のひとつには、フットサルまで。

天彦 日本将棋連盟フットサル部があり、各人、棋風や性格がプレーにも表れるんですよ。前線に行ったきり守備に戻ってこない天真爛漫なキャラクターがいたり(笑)。ここにパスが来たら、次はここへ返すといった感覚がぴったり合う棋士も。オペラ歌手同士でも、“あうんの呼吸”というようなものがありますか?

大野 いかに正確に情感を込めて歌えるかが重要なオペラでは、型通りであまりないですが、オペレッタのセリフ部分では、意識的に言葉を変えたり遊びが入ったりもするので、瞬時の掛け合いに、馬が合う合わないは感じますね。

天彦 上演日数も多いから、1日1日で違ってきますよね。キャスト同士の波長もかみあってくるでしょうし。

大野 慣れもあるし、息は合ってきますね。初日は緊張感が漂う。一方で楽日は、満足感と解放感も手伝って、のびのびとはじけた感じがします。

天彦 同じ舞台は二度とない。それこそが生の醍醐味。迫力も音響ももちろんですが、劇場は非日常空間、夢の世界に陶酔できます。僕はまだオペラに詳しくはないですが、モーツァルトが大好きで、『魔笛』は生で観ています。哲学的・童話的要素があって、大人から子どもまで身構えずに楽しめる作品ですよね。

大野 『魔笛』や『トゥーランドット』といった人気演目は、最新映像技術を取り入れたりして、若い世代に向けた斬新な演出も多いです。同じ作品でも、趣向が異なりおもしろいですよ。

天彦 将棋の一手にも定跡はありつつ、時流のようなものがあるんです。価値観は人それぞれ。意欲的な挑戦は評価が分かれるでしょうね。ただ、たとえ当世風にアレンジして破天荒な演出だったとしても、歴史背景などはきちんと根っこにあってほしいなと。たとえば衣裳ひとつをとっても、その時代のスタイルがベースとなって新構築されたものなのだと合点がいけば、演出家の意図も汲み取れ、想像がふくらみ、さらに興味が増します。

大野 新しい風を吹き込むことは、後世に残すための伝統文化の定めとも。秋に上演する『ドン・カルロ』はこれぞオペラといった趣きで、新鮮で貴重な体験となりますよ。この作品は声種の異なる主要5役―バスには他にも重要な役がありますが―すべての歌手をそろえることが大変に難しい。それが今回見事にそろったから叶ったわけです。

天彦 それは希少、まさに夢のような舞台でワクワクしますね。

今年のWBCではないが、オペラ界が盛り上がりそう。ビギナーもこの機会を逃さず、劇場に足を運んでみては。

佐藤天彦(Amahiko Satoh)

1988年福岡県生まれ。中田功門下。2006年プロ入り。2008年第39期新人王戦で棋戦初優勝。2016年第74期名人戦にて羽生善治氏を破り、名人位を獲得、九段昇段、以後3期連続名人位。将棋大賞は2015年度に最多勝利賞・最多対局賞・連勝賞・名局賞・敢闘賞の五部門を獲得。2016年第2期叡王戦優勝、2018年第26期銀河戦優勝。

大野徹也(Tetsuya Ono)

東京藝術大学卒業、同大学院修了。数々のオペラへの主演はもとより、『タンホイザー』「ニーベルングの指環」等への出演で、ヘルデンテノールの地位を確立。オペレッタや邦人作品への出演も多く、幅広いレパートリーで長年日本オペラシーンを牽引。本年4月より二期会オペラ研修所所長として後進の育成にも携わる。二期会会員