TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

ENGLISH

オペラを楽しむ

二期会70周年特別企画〈第3回〉演出家 宮本亞門さん × バリトン 黒田 博 スペシャル対談 伝統と革新、100周年を目指して 新たな価値観、解釈でオペラの世界を広めたい オペラの力で、心えぐられる貴重な体験を 撮影:佐藤 久 構成・文:吉浦由子

70周年特別企画、スペシャル対談のトリを飾るのは、20年間にわたり、東京二期会で演出を手掛ける宮本亞門さんと、常連キャストとして、ともに創り上げてきた黒田博。思い出を振り返り、次世代へつなぐオペラのあり方を語ります。

宮本 もう20年ですか。思い返せば、二期会の最初の仕事はベテラン勢が手強くて、オペラの仕事は怖い(笑)というのが第一印象でした。でも、ある先輩の女性歌手が「自由に好きにやっていいのよ、私なんて逆立ちしたって歌えるんだから」と言ってくれ、その言葉に救われて、今は心地よく演出させてもらい、かえってちょっと心配になるくらいです。

黒田 亞門さんの舞台はオペラ歌手にそんなことさせるのかって思いつつ、刺激的で楽しいです。懐かしいエピソードですが、観劇を終えた幼少の息子が「お父さん、女の人のおっぱい触ったの?」って。

宮本 僕がそんなリクエストした? 記憶にないな(笑)。真面目に話すと、黒田さんはいつも寛容で、頭の回転が速く、要求したものに対してできないと頑固にならず、前向きに次々とチャレンジする。それがいつも予想以上の表現なので、学ぶところがとても多い方なんです。

黒田 「本当にオペラ歌手なの?」って、最高の褒め言葉をいただいてから、エスカレートするようになったのかも(笑)。演出家は将棋棋士で、僕らは駒。フラットな気持ちで、桂馬にも歩にも王将にもなるというのが僕の信条。求められたことには、まずチャレンジする。1週間やってダメだったら、次の10日、本番ギリギリまで。舞台人としての矜持です。

宮本 さすが二期会の軸として、支えてきた方の言葉は説得力があります。どんな役でも黒田流に歌も演技もこなす。これから先やってみたいことはありますか?

黒田 声楽家を目指した原点である、シューベルト「冬の旅」は歌いたいとは思うけれど、今はオペラでいっぱいいっぱいで。日本の昔話を題材にした、子ども向けのオペラ企画。それと、田舎暮らし。

宮本 田舎暮らし? まだまだ挑戦できることはたくさんあると思いますよ。

黒田 じゃ亞門さんは?

宮本 僕は老害と言われるまで働きたくないけど、現代オペラや、定番をどのような 新しい形で見せていけるか挑みたい。時代が大きく変わる中、オペラのあり方をしっかり見ていきたい。オペラが次の世代に受け継がれ生き残るためにも戦略的に考えなくてはならないですからね。『魔笛』をゲームの設定にしたり、垣根を越えて観客を取り入れたり、伝統を守るのも大切な一方、不易流行、時代に合わせて自由に。黒田さんの想いと同様、オペラ好きな子どもが増えるよう、未来へつながる道に関わりたいですね。

黒田 亞門さんの『ドン・ジョヴァンニ』や『蝶々夫人』を観た若い学生が、わけわからないけど、心をえぐられたって。普段の生活でそんな体験できないでしょ。それがオペラの持つ力とも思いますね。

宮本 2作とも新しい価値観、解釈で実験的だったから。ブーイングもあれば、斬新で興味深いとの称賛もあり、評価は分かれましたね。でも、それもオペラの醍醐味。二期会も100周年に向けて、新しいスタイルを取り入れていきましょうよ。

宮本亞門(Amon Miyamoto)

東洋人初の演出家としてNYオンブロードウェイで『太平洋序曲』を上演、トニー賞4部門ノミネート。国内外でジャンルを越えて活躍を続ける。東京二期会では「ダ・ポンテ三部作」他、多数を演出。19年に東京でワールドプレミエを迎えた『蝶々夫人』はドイツ、ゼンパーオーパー・ドレスデンでも好評を博す。著書に『上を向いて生きる』(幻冬舎)。

黒田 博(Hiroshi Kuroda)

ペーター・コンヴィチュニーやカロリーネ・グルーバーら多くの著名演出家から信頼を得、東京二期会や新国立劇場での数々のオペラに主要な役で出演。『ドン・ジョヴァンニ』題名役をはじめ幅広いレパートリーで、宮本亞門演出に欠かせないバリトンとして活躍を続ける。来年7月『椿姫』(原田 諒演出)ジェルモンで出演予定。二期会会員