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オペラを楽しむ

大村博美×木下美穂子 珠玉の演出『蝶々夫人』に出演する 二人の“蝶々さん”に聞く 今年9月に上演される『蝶々夫人』。このプロダクションで題名役を務め、過去何度も“蝶々さん”を演じてきたソプラノ、大村博美と木下美穂子に激動の人生を生きた女性について、その思いを語っていただきました。

Q あなたにとっての“蝶々さん”とは?もし、あなたが蝶々さんだったとしたら?

A 大村博美(以下、大村) 蝶々さんはとても魅力的で、辛い境遇でも希望を胸に闊達に、自分らしく生きた女性。もし私が「身を引け」と言われたら、「なにい、ふざけるなあ!」と思うでしょうね(笑)。蝶々さんは子どもを手放すという大変な決断を一瞬でしてしまう。限られた時間で物語をドラマチックに終わらせないといけない劇やオペラのもつ宿命ですよね。

木下美穂子(以下、木下) 私の蝶々さん像は、チャーミングで頭が良く感情豊か、そして非常に芯の強い女性。でも私が蝶々さんなら、なんとしてもケートに納得してもらい、お引き取り願うかな(笑)。子どもを持った今、あのような結末を選ばない気がします。

Q “蝶々さん”を何回くらい演じましたか?思い出は?

A 大村 世界16カ国、22の異なる演出で135回演じています。中でもオーストラリアでは2つの演出に出演、忘れがたい舞台ですが、どちらも「髪の毛」に悩まされました!初回は、オーストラリア人のベテラン演出家による人気の演出でした。私はその数年前に同じ演出を(カナダの)モントリオール歌劇場で演じましたが、その時に見に来ていたオペラ・オーストラリアの方から直接連絡をもらい、シドニーとメルボルンでも出演することに。シドニー公演後、スタッフがかつらを洗ってくれたのですが、化学繊維のせいか毛髪がバサバサになって広がり、メルボルン公演では、顔の周りが毛でチクチクして、普段の何倍も精神力が必要、おかげで集中力が鍛えられました。そうした苦い経験があったので、別の演出でシドニー湾の海上の巨大な野外舞台に出演した際には、地毛を提案。演出家のイメージ通りのロングヘアで11回出演。そのうち4回は、雨天でした。ピンカートンの船が着いた後、明け方まで本物の海を眺めながら待つという演出でしたが、雨の中、ずぶ濡れの髪で、地毛を提案したことを心から後悔しました(笑)。でも壮大な自然に抱かれ、孤独な蝶々さんの心情が痛いほど感じられた舞台です。

木下 70公演くらい歌いましたが、多くの思い出があります。ヤマドリの登場が遅れて大慌てで飛び込んできたり、人力車の車輪が外れてオーケストラピットに転がったり、また目を見開きすぎてコンタクトが落ちてしまったことも……。でも最もヒヤヒヤしたのは急遽、ソフィア国立歌劇場に出演した時。開演直前、舞台の段取りを5分くらい指示され「はい、本番!」。歌いながら、ピンカートン役のブルガリア人に小声で指示をもらったり、目で合図してもらったり。私が持っていくはずの望遠鏡を忘れたら、スズキ役の方がアドリブで「お忘れですよ〜」的な演技をしながら繋いでくれたり……。その日は偶然、駐ブルガリア日本大使ご夫妻が観にいらしていて、みんなの“プロ意識”に助けてもらったと改めて感謝しました。

大村博美の“蝶々さん”アルバム

2012年モファット・オクセンブールド演出によるシドニー・オペラハウス公演より。
©Branco Gaica

本物の海を借景に上演された2014年シドニー・ハーバー・オペラ公演より。
©James Morgan

木下美穂子の“蝶々さん”アルバム

2010年の木下のカナダデビューとなった、金子潤演出によるバンクーバー・オペラ公演より。

2011年ロイヤル・アルバート・ホールでの公演より。

Q 正統派といわれる栗山演出に出演する感想は?

A 大村 2017年の出演時「やはり栗山先生の『蝶々夫人』はきれいだ〜!」と多くの方々が絶賛なさっていました。長い年月、愛され続けている栗山演出は“日本の宝”ともいうべきではないでしょうか。この美しい演出で蝶々さんを演じることができて、とても光栄です。

木下 前衛的な演出も嫌いではないです。でも多くのプロダクションで歌ってきて、一番好きなのは栗山先生の舞台です。とにかく美しい。蝶々さんのチャーミングさ、芯の強さ、それが引き立つ衣裳や舞台セット。今回で5回目になりますが、歌い終わるとまた歌いたい……と思う演出です。

Q 役で難しいところは?また見て欲しいところは?

A 大村 蝶々さんは喜怒哀楽の振れ幅がどの役よりも広く、取り巻く状況によって感情表現の変化が要求されます。美しい声は言うに及ばず、気持ちの変化や語る内容によって声の表情(色)や音量を生き生きと変える点がこの役の素晴らしさであり、難しさです。そして目や顔、身体のすべてで心情を吐露することも大切です。多くが要求されるからこそ、やりがいのある役だと思います。

木下 出ずっぱりの長丁場をどう歌っていくか、これが一番大きな課題です。精神的にもテクニック的にも、スタミナが必要。音楽的にも、幸せな登場から最後の自害まで、ひとりの女性の人生と感情の起伏を辿っていくので、各シーンの聴かせどころ(点)はもちろん、最後の幕切れにつなげていく事(線)を大切にしています。個人的に好きなのは3幕。ひと言ひと言に全神経を尖らせ、周りの状況から自分の立場を理解していく様が、気を使うところです。

Q 『蝶々夫人』以外で、好きなオペラを教えてください。

A 大村 海外で多く歌った役のひとつにデズデモナがあり、この『オテロ』も好きです。私はドラマの面白さが際立つオペラが好きなんです。登場人物の心理が映画のごとく、手に取るようにわかる。そして、この後どうなるのだろう!?とワクワク、ハラハラさせてくれるシナリオが傑作の音楽と融合した、オペラの圧倒的な迫力に魅了されます。

木下 ヴェルディは大好きですね。音楽がどこをとっても格好良く、どの役も素敵だなと思います。とくに『イル・トロヴァトーレ』のレオノーラはもう一度歌いたい役です。あとプッチーニの『マノン・レスコー』も歌いたい作品です。やはり最後は死ぬ役ですね(笑)。

9月8日(木)、10日(土)出演

大村博美

Hiromi Omura

2002年東京二期会『椿姫』で脚光を浴びた後、ベルリン・ドイツ・オペラ、ロレーヌ国立歌劇場、シドニー・オペラハウス等、海外でも目覚ましく活躍。近年はプッチーニ・フェスティバル(イタリア、トッレ・デル・ラーゴ)『蝶々夫人』2年連続初日主演で観客総立ちの成功、『トスカ』でも喝采を浴びた。フランス在住。二期会会員

9月9日(金)、11日(日)出演

木下美穂子

Mihoko Kinoshita

日本3大声楽コンクールの同一年度制覇や出光音楽賞、新日鉄音楽賞、リチーア・アルバネーゼ プッチーニ国際声楽コンクール第1位等、数々の栄誉に輝く。近年蝶々夫人はロンドン・ロイヤル・アルバート・ホール、ピサ・ヴェルディ劇場、バンクーバー・オペラ等でも成功を収める。マゼール指揮トスカニーニ・フィルとも共演。二期会会員

プッチーニ 『蝶々夫人』

オペラ全3幕
日本語字幕付原語(イタリア語)上演
指揮:アンドレア・バッティストーニ
演出:栗山昌良

合唱:二期会合唱団、新国立劇場合唱団、
藤原歌劇団合唱部

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
新国立劇場 オペラパレス

2022年9月 8日(木)18:30、9日(金)14:00
10日(土)14:00、11日(日)14:00