TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

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オペラを楽しむ

『蝶々夫人』出演歌手に聞く

城 宏憲・藤井 麻美

『蝶々夫人』出演歌手が語る私と役柄を紡ぐもの

日本的な美意識を追求した名舞台として、多くの観客を感動させてきた栗山昌良演出の『蝶々夫人』が再演されます。いわば主役の太陽となるピンカートン役の城宏憲と、主役を太陽と仰ぐスズキ役の藤井麻美。素顔のふたりが気さくに話をしてくれました。

撮影:奧 陽子 取材・文:松野玲子
撮影協力:学校法人城西大学 東京紀尾井町キャンパス

『蝶々夫人』でピンカートン役を演じる
テノール城 宏憲
2022年9月9日(金)、11日(日) 出演

休日は映画を観ることもあって、最近ハマったのはクリストファー・ノーラン作品。『テネット』や『インセプション』って、初見では正直内容が入ってこない。繰り返し観て、時系列や登場人物の言動がパズルみたいにはまっていく… オペラにもそうした楽しさがあります。

定着したイメージがある物語ほど多面性が隠れている!ということで、今回は悪名高い海軍士官ピンカートンの、純愛を踏みにじる「ゲス男」という評価にメスを入れたいです(笑)。

士族出身ながら舞妓として身をたてる蝶々さんが、若いアメリカ人に遊ばれ、棄てられる…こんな話ですから、カーテンコールでは決まってブーイング! たとえ始まりは利害が深く関わっていても、やがて心は通じ合い、真実の愛が生まれた。国や文化の違い、時代に翻弄された夫婦の悲劇と捉えてみて欲しいのです。ピンカートンは彼なりに蝶々さんを愛していた…寄港地の妻、妾として。この意識のズレが亀裂を生んだのではないかと思うのです。3年後、彼は長崎へ戻る前、「(蝶々さんは)自分をもう覚えていないだろう」と領事シャープレスに手紙を書きます。正妻がいても、彼女を忘れられない。そして蝶々さんは彼を待っていた…。一気にクライマックスです。

最近、ゾーンに入った!と
舞台で感じられるときがあります

学生の頃に読んだ雑誌で、三大テノールのひとりホセ・カレーラスが「舞台で一番嬉しいときは?」と聞かれ、「役と自分が重なったとき」と答えていた。最近、あの言葉の真意を感じるようになりました。ある瞬間、ポンと押されたように演じる自分がいるんです。「ゾーンに入る」という状態でしょうか?

ピンカートンは新妻を残して逃げ出してしまうのに、家に戻った途端、蝶々さんを愛していた過去の自分と対峙して、3年分の愛の重みを受け取る。でもそれを抱えきれず、壊れていく… 惨めな男の背中を感じてしまうんです。

城 宏憲(じょう ひろのり) テノール

東京藝術大学卒業、新国立劇場オペラ研修所修了。第84回日本音楽コンクール声楽部門第1位、第8回静岡国際オペラコンクール三浦環特別賞等受賞。文化庁新進芸術家海外研修制度にて渡伊。東京二期会『トスカ』『椿姫』、グランドオペラ共同制作『アイーダ』『カルメン』等でプリモテノールを務める。新国立劇場『さまよえるオランダ人』エリックでも新境地を開く。二期会会員

『蝶々夫人』でスズキ役を演じる
メゾソプラノ藤井 麻美
2022年9月9日(金)、11日(日) 出演

昨年は出産を経験しましたが、幸い家族の助けもあって、無事仕事に復帰できました。お稽古のときは家族に子どもを見てもらいますが、家での練習は思うように時間がとれない時もありますし、より集中して行うように心がけています。

オペラの世界に開眼したのは音大を卒業する直前でした。母と出かけて、初めて観た宮本亞門さんの『フィガロの結婚』は、自分のいた音楽の世界とはまるで別世界。思わず、「私、オペラに出たい!」と言っていました。何度かの挑戦で新国立劇場の研修生になり、今回の『蝶々夫人』を演出する栗山昌良先生から講義を受けた際は、厳しくも、愛情のある指導をしていただきました。修了するときに、同期生と一緒に泣きながら先生に抱きついてしまったことは今でも思い出されます。オペラの世界へ飛び込むきっかけになったおふたりのプロダクションに出演する今年は、私にとっても特別な1年になりそうです。

研修生を修了するときには
栗山先生に抱きついて泣きました

スズキ役は何度かやらせていただきました。演出家それぞれにスズキ像があり、イタリアでの出演では、花を散らすシーンも「もっと楽しそうに思い切り撒いて」と言われ驚いたり、次の演出では影の存在として、照明も顔半分にしか当たらなかったり…イタリアの方に気づかされるスズキの一面もあったと思います。帰国してからの亞門さんの演出では、「目ヂカラが強いね」と言われて眉を白塗りにしましたが、そうすることでより亞門版『蝶々夫人』の新しい世界に入れたようにも感じられました。栗山先生の演出では、9月にどんなスズキを演じられるのか楽しみです。

研修生時代、「稽古とは、自分の準備してきたことを見ていただく場」と先生に言われていましたから、「違う」と言われたら、また別のスズキを演じられるようにいろいろな演じ方を準備しておきたいと思っています。

藤井 麻美(ふじい あさみ) メゾソプラノ

東京都出身。洗足学園音楽大学卒業、同大学院及び新国立劇場オペラ研修所修了。文化庁新進芸術家海外派遣制度にて渡伊、各地で『蝶々夫人』スズキ等を演じる。帰国後も日生劇場への出演や、セイジ・オザワ松本フェスティバルでのソリスト等、活躍。宮本亞門演出『蝶々夫人』スズキで二期会デビュー後、『椿姫』フローラ、『フィガロの結婚』マルチェリーナで出演。二期会会員