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オペラを楽しむ

舞台衣裳家 岸井克己さんが作る『蝶々夫人』の魅せる衣裳

嫁入りを迎えた蝶々夫人と、黒紋付と華やかな振袖で参列する長崎・丸山の芸者衆。庭に咲く満開の枝垂れ桜を背景とした華燭の典の場面。芸者衆の持つ提灯には「丸に揚羽紋」の家紋が。
2014、17年東京二期会オペラ劇場『蝶々夫人』 ⓒ三枝近志

今年9月に、再演を重ねた伝説のプロダクション、栗山昌良演出の『蝶々夫人』が上演されます。舞台衣裳家の重鎮・岸井克己さんによる、日本文化や時代に寄り添った美しい衣裳とともにお楽しみください。

山吹色と言っても良い、こっくりとした黄色地の振袖で登場する蝶々さん。蝶やタンポポ、桜花などが配されたきものです。15歳の蝶々さんらしく若やぎに満ちあふれた装い。

「とにかくね、外国の人が作った日本が舞台の原作ですから矛盾が多いんですよ。例えば昔、武家の娘が花街に入り、身請けした外国人との婚礼に家族総出で参列なんて考えられないでしょう?」と笑う衣裳デザイナー、岸井克己さん。「テーマとしては、蝶々夫人がピンカートンを待ち焦がれた3年を衣裳でどう表現しようかということでした。普通、設定としては明治時代が多いんですよ。けれどこの『蝶々夫人』では1幕の最初は幕末に設定して、その3年後、自害する時には明治に移っている。歴史においても激動の3年間なわけです」

舞台は長崎。1幕では満開の枝垂れ桜のセットを借景に、15歳の若き半玉(舞妓)、蝶々さんの婚礼衣裳は黄色の振袖です。「僕の蝶々さんのイメージは春先に自宅の庭に飛び交う黄色の紋黄蝶。黄色地に、春の草花を配した装いで若やいだ印象にしました」。この婚礼のシーンは舞台を通して特に華やぎのある場面。枝垂れ桜が満開のなか、姉さん芸者は黒紋付に裾除けの赤が艶やかで美しい。また、少し先輩や蝶々さんと同じ年頃の芸妓はカラフルな振袖です。

伝統、時代、地域性など、日本の美を登場人物の衣裳に投影しているこの舞台。「花街の芸妓がたくさん登場しますが、ここは長崎の花柳界。帯結びひとつ取っても“だらり結び”の京都の『はんなり』とも、帯〆なしで“柳結び”にする江戸の『粋筋』とも一線を画していなければならないわけです」

蝶々さんの伯父で僧侶のボンゾ。岸井さんのイメージは“赤鬼”。緋色の衣に金襴を彷彿とさせる袈裟姿で。鮮やかな色と迫力で、ひどく怒っている怖いキャラクターを想起させます。

掛下姿の蝶々さん。元々は死装束と区別し、このように帯は黒を合わせたのだとか。「お腹の部分を黒で引き締めることで舞台でスマートに見えるんです」と岸井さん。

すべての登場人物の衣裳に“華”を

オペラでは、舞台において主役だけでなく、それぞれ登場する人物の個性を輝かせることも大切と話す岸井さん。例えばキリスト教に改宗したことに忿怒する蝶々夫人の伯父ボンゾ。「ボンゾは僧侶ですが、立腹し、僕のイメージとしては怖い赤鬼。高下駄を履いて体格も立派です。本来、最上格の僧侶は紫衣(しえ)ですが、オペラの舞台で、派手やかな芸者衆が集う中に登場し、ボンゾも目立つ存在でなくてはいけません。素絹衣(そけんごろも)に白い指貫(さしぬき)袴を履き、格の高い緋色の衣に袈裟姿で、圧倒的な存在感を表現しました」

2幕では、人妻となった蝶々さんのきものは、桜模様のピンクの小紋。明治の既婚女性として帯をお太鼓結び、きものには、おはしょりを取って登場。「お金が尽き、もっと地味で生活感のあるきものを着ているはずなんです。けれど嫁入り衣裳の華やかなきものを、思い出の桜の時季だけには着ていたのだろう、と思いを馳せました」

「僕にとっては本当に色が大事。日本人だからわかること、きものの国だから感動できること、共感できること、そうした点が登場人物の衣裳からも伝わればいいと思います。ぜひ、劇場で麗しい衣裳の競演にもご注目ください」と語っていました。

ラストで蝶々さんが自害するときには、幸福な婚礼の際に着た打掛をはおって。蝶の縫い留め(パッチワーク)を施した後ろ姿が悲しくもドラマティックな空気感を醸し出しています。

2幕での蝶々さんの装い。裾を紫でぼかしたピンク地に桜や霰、蝶を散らした小紋を。このとき初めてお太鼓結びにおはしょりを取った着付けを披露。半襟も友禅染で華やかに。

ゴローのヘアスタイルにも注目!

2幕では幕末から明治になり、文明開化の時代、明治初期に誕生した乗り物、人力車なども出てきます。紫の羽織を着て不逞の輩として描かれるゴロー。注目したいのは髪型です。「ゴローという人物は結婚仲買人ですが、いわゆる幇間(ほうかん・太鼓持ち)です。そして2幕では金をせびりに来るような男。徹底的な“ワル”として表現したかった」と岸井さん。1幕では先の少し曲げたちょん髷で遊び人風が(写真上)、2幕ではざんぎり頭で登場。(写真下)。ヘアスタイルにも時代が移行したことを感じさせる演出です。

岸井克己
Katsumi Kishii

神奈川県川崎市出身。日本デザイナー養成学院で主にファッションデザインを専攻、オートクチュールをジョオジ岡、中村乃武夫両氏に、和服デザインを三田村環氏、染色を吉沢弘氏に師事。栗山昌良演出の二期会公演『こうもり』で衣裳デザイナーとしてデビュー。その後も栗山氏演出の『フィガロの結婚』『魔笛』『トスカ』『ラ・ボエーム』『カルメン』『メリー・ウィドー』『椿姫』などの衣裳デザインを担当。映画、演劇、ミュージカル、舞踊の衣裳デザイナーとしても幅広く活躍。

プッチーニ 『蝶々夫人』

オペラ全3幕 日本語字幕付原語(イタリア語)上演
指揮:アンドレア・バッティストーニ
演出:栗山昌良 合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
新国立劇場 オペラパレス

2022年9月 8日(木)18:30、9日(金)14:00
10日(土)14:00、11日(日)14:00