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オペラを楽しむ

バッハ・コレギウム・ジャパン首席指揮者 鈴木優人さんが誘うバロック・オペラの愉しみ ©Marco Borggreve

ヘンデル『セルセ』に寄せて

指揮者をはじめ、プロデューサー、演奏者、作曲家とさまざまな方面で才能を発揮し、クラシック音楽の識者として知られる鈴木優人さん。
10・11月に上演された自らがプロデュースする『リナルド』の稽古場にうかがい、バロック・オペラの魅力について聞いた。

オペラは気楽に味わう
舞台のエンターテイメント

 「バロック・オペラといっても気構えることはありません。オペラは舞台のエンターテイメントなので、純粋にストーリーや音楽を楽しんでいただければ。馴染みがない方にとって“オペラ”という壁にさらに“バロック”という冠をつけることで、もう一枚壁を建ててしまうもの。ストーリーがあってそこに音楽が載っているという点では、後世のオペラと何も変わりません。それを楽しめばいいのです」と語るのは多方面で活躍する音楽家・鈴木優人さん。生の演奏に乗せて歌手が演じるというライブ感、そこに漂うある種の緊張感を堪能すればよいと話す。

 インタビュー時はちょうど鈴木さんプロデュース『リナルド』の稽古の真っ最中。来年5月には東京二期会での『セルセ』の上演と、奇しくもヘンデルの名曲が続く。36ものオペラを作曲したといわれるヘンデルはバロック・オペラを語るうえでその存在はとても大きい、と鈴木さん。「ヘンデルはドイツのハレというところで生まれました。私も訪れましたがとてもきれいないい街です。ですが彼はドイツにとどまることはなく、後にイギリス王のジョージ2世となるハノーヴァー選帝侯の庇護もあってイタリアやイギリスを股にかけて活躍した人でした。イタリアでは当時の巨匠コレルリなどに会って音楽性を吸収したり、歌手をロンドンに連れて行ったり、激しい性格も相まって“豪放な国際人”という感じだったようです。同時代に活躍し、生涯ドイツから一歩も出ることのなかったバッハとは対極ですよね。ヘンデルは稀代のヒットメーカーで当時のイギリス中の音楽ファンを熱中させました。今で言えば秋元康さんみたいなイメージでしょうか。上流階級のみならず、都会のロンドンっ子をはじめ、広くヨーロッパの民衆に新作オペラの上演を待ち望まれていました」。

 オペラはその頃、すでにエンターテイメントに。どこかで耳にしたような現代人の心にも突き刺さるアリアなどが数多く残っている。「当時の音楽にはダ・カーポ・アリアというA−B−Aの形式がありました。Aが長調ならBは必ず短調とコントラストをつけ、再度Aが演奏されます。その繰り返し部分のAをスター歌手が即興を加え、目もくらむような歌声で観客をあたかも失神させるような勢いで歌い、陶酔させました。ですからヘンデルにとって観客を熱狂させられないような歌手は、歌手じゃないというような認識だったでしょうね」。

2015年の東京二期会『ジューリオ・チェーザレ』より。振付を担当した中村蓉は、来年上演の『セルセ』ではオペラの演出家デビューを果たす。© 三枝近志

鈴木優人さんが教える
初心者にもお勧めのバロック・オペラ3選

ヘンデル『ジューリオ・チェーザレ』

ご存知、ローマの将軍・ジューリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザー)の物語。絶世の美女・クレオパトラも登場し壮大なストーリーが展開する。ホルンによる勇ましい音色をはじめ、華やかで勇壮な音楽が多い。ヘンデルのオペラの中でことさら人気が高いひとつ。

モンテヴェルディ『オルフェオ』

オペラ創成期に活躍したイタリア人作曲家、モンテヴェルディによる作品。ギリシャ神話などでも有名な物語から材を得ている。同じ物語から着想したグルックの『オルフェオとエウリディーチェ』ではエンディングが異なる点も興味深い。2つの違いを比べるのも◎。

ラモー『優雅なインドの国々』

ジャン=フィリップ・ラモーの人気作。フランスならではのオペラバレエと、抱腹絶倒のエキゾチックなストーリーが洗練の世界へと誘う。この作品に限らずフランス物では最後にはシャコンヌが置かれ、締めくくられる。踊りも欠かせない作品で、バレエ好きにもお勧め。

物語や古楽を知るともっと楽しい

 ストーリーに目を向けると『ジューリオ・チェーザレ』『リナルド』にしても、古代の物語より題材を得ている作品が多い。「ローマ時代のストーリーを主題にするなど時代劇的要素が強いものが多いのですが、その中に必ずといってよいほど“色恋沙汰”が入ってくるわけです。それがとても面白い。例えば恋愛における『変装』や『勘違い』などです。話の筋としてはよくできていると思いますよ」。

 一方、古楽のプロとして、バロック・オペラの音楽的な視点からの楽しみを聞いた。「ほぼ300年前、作曲家たちは当時の楽器と、今とは違う管弦楽の編成を用い、観客を魅了しました。古楽は当時の演奏習慣——例えば即興演奏やクリエイティビティなども含め、それらを振り返るといった20世紀に生まれたムーブメントです。そのひとつに即興が求められる『通奏低音』の習慣があります。ギターやリュート、オルガン、チェンバロなどハーモニーを奏でられる楽器によって即興が行われます。それに合わせて歌手は、歌う事を求められます。即興によって舞台が楽しく、歌い手が引き立てられるのです。ですから当時は、通奏低音を用いて巧みに歌える歌い手が求められました。音符が書かれた楽譜だけでなく即興による通奏低音は、バロックに限らず、現代のポピュラー音楽のコードネームやジャズにも通じる考えです」。

 とはいえ繰り返すがオペラは舞台のエンターテイメント。難しく考えず、初めは贔屓の歌手の追っかけでもいいし、バロックからイメージされるようなクラシカルな舞台ではなく、気鋭の演出家の斬新な演出による舞台を鑑賞するでもいいし、「まずは劇場に足を運び体感することが大切」と語った。

鈴木 優人(すずき まさと)

指揮者、ピアノ奏者、オルガン奏者、作曲家。東京藝術大学作曲科及び同大学院古楽科修了。ハーグ王立音楽院修了。現在、バッハ・コレギウム・ジャパン首席指揮者、読売日本交響楽団指揮者/クリエイティヴ・パートナーとして活躍。アンサンブル・ジェネシスでは音楽監督としてオリジナル楽器でバロックから現代音楽まで意欲的なプログラムを展開。2017年にはモンテヴェルディ生誕450周年を記念し、『ポッペアの戴冠』を上演。高い芸術性と優れたキャスティングによる舞台で、バロック・オペラの新機軸として高い評価を得た。今秋は、ヘンデル『リナルド』をバッハ・コレギウム・ジャパンと上演。ラジオ出演、作曲、古楽研究など幅広く活動している。

二期会ニューウェーブ・オペラ劇場 ヘンデル 『セルセ』

オペラ全3幕
日本語字幕付原語(イタリア語)上演
指揮:鈴木秀美
演出:中村 蓉
合唱:二期会合唱団
管弦楽:ニューウェーブ・バロック・オーケストラ・トウキョウ
めぐろパーシモンホール 大ホール
2021年5月
22日(土)17:00
23日(日)14:00