裕福な夫人アリーチェとメグは、金に困った老騎士ファルスタッフからラブレターを受け取る。ふたりが互いのラブレターを見せ合うと、なんと宛名以外は全く同じ文章。あまりに失礼なファルスタッフにあきれ果て、ふたりは一致団結して彼に仕返しをすることに。
アリーチェから夫の不在中に誘いを受け、ファルスタッフはいそいそと彼女の家へと逢引きに出かける。そこへメグが登場し、アリーチェの夫フォードが戻ってくると告げたため、ファルスタッフは絶体絶命。慌てて洗濯籠に隠れたところを召使いに籠ごと川に投げ捨てられてしまう。
ずぶ濡れの、やけ酒をあおるファルスタッフ。そこへ再びアリーチェから逢引きのお誘いが。性懲りもなく喜び勇んで真夜中の公園へと向かうと、アリーチェとフォードの娘ナンネッタが妖精に変装して現れ、ファルスタッフをパニックに陥れる。一方、フォードはこのどさくさに乗じて娘のナンネッタを医師と結婚させてしまおうとしていたのだが、それを察知した妻アリーチェの機転で、ナンネッタと恋人フェントンとの結婚をしぶしぶ承諾する。ファルスタッフも自分が騙されたのだと気付き「この世はすべて冗談」と歌って大団円となる。
詩情豊かにして風刺が込められた演出で高く評価され、世界中で活躍するフランス人演出家・衣裳デザイナーのロラン・ペリーさん。来年、東京二期会で上演される『ファルスタッフ』についてお話をうかがった。(構成・文:安田薫子)
文学と音楽を深く愛し、その魅力を観客に伝えるのが使命というペリーさん。新型コロナウイルスによるロックダウン期間中もブルゴーニュの自宅で仕事をしていた。© Carole Parodi
──今回は4劇場の共同制作ということで、東京二期会公演ではMETの『サンドリヨン』も手掛けたフランスの名コンビ、ベルトラン・ド・ビリーが指揮ですね。劇場で指揮者や歌手が変わりますが演出の違いは?
ロラン・ぺリーさん(以下ぺリー。敬称略) 音楽の構造がしっかりしていますので、若干の調整はしますが演出の面では変わりません。ベルトラン・ド・ビリーとは『サンドリヨン』などで、3、4回一緒に仕事をしました。彼は演劇のセンスがありますが『ファルスタッフ』ではそれが特に重要です。台本、言葉が音楽と等しく素晴らしいからで、音楽が演劇より優位を占めることが多いオペラでは珍しいことです。私はベルトランの指揮は、この演目にとって理想的だと思います。
──なぜ演出家になられたのでしょうか?
ぺリー 最初は俳優になろうと思っていたのですが、演出に強い興味がありました。
文学と音楽を愛していて、優れたアーティストと一緒にひとつの作品を作り上げていきたいと思ったためです。私の仕事は、いつも作品と観客の橋渡し役だと思っているのです。
──『ファルスタッフ』では衣裳も手がけられていますね。
ぺリー はい、そうです。登場人物は私たちに近い人物として描きたかったのです。ファルスタッフは、小さいカフェ、ビストロのような場所に一日中居座るアルコール中毒の老人などを想像しました。彼の衣裳は栄光が過ぎ去って現在、惨めな状態にあることを示す象徴。女性にカーディガンを着せましたが、これはよくブルジョワジーが着用するようなもの。アリーチェ・フォードが属する社会、つまりきちんとしているが退屈で寂しい世界を表現したかったのです。ですからブルジョワ社会を普遍的に表現するような衣裳にしました。
──なぜあなたは衣裳デザインも担当されるのでしょうか?最も印象に残っている衣裳は?
ぺリー 以前からずっと衣裳を手がけています。私はよくデッサンを描くのですが、登場人物の表情や衣裳を描くことで、登場人物の心理に入っていけるのです。この仕事の仕方は歌手とともに登場人物を作り上げる点で役立ちます。初期の頃に手がけたパリ・オペラ座での演目でジャン=フィリップ・ラモーの『プラテー』の衣裳はとても気に入っています。
蛙やギリシャ神話の神々、水の妖精など、イマジネーションが解き放たれた衣裳を実現した初めての作品でした。
2019年テアトロ・レアルの『ファルスタッフ』より。有産階級の家にありそうな階段や手すりから着想し、アリーチェたちが属する、きちんとしているが退屈な有産階級の社会を表現。© javier del Real / Teatro Real
指揮者のベルトラン・ド・ビリーとはさまざまな作品でコンビを組んでいる。写真は2011年ふたりが手がけたロイヤル・オペラ・ハウスよる『サンドリヨン』。© Bill Cooper
──『ファルスタッフ』のハイライトは?
ぺリー 私には全てのシーンがハイライトですが、なかでも強い印象を残す有名なシーンがあります。『ファルスタッフ』はブルジョワの小さな社会が退屈を紛らわすために、社会からはみ出た人を苦しめようとする物語。ファルスタッフは最初から最後まで笑い者にされます。籠に入れられテムズ川に投げこまれ、そして最後、みんな街から離れ、ファルスタッフを驚かすために森に集う。アリーチェたちは、ブルジョワでシックなオペラの観客自身を映す鏡です。最後にアリーチェ・フォードの社会は、彼のおかげで退屈が紛れるわけです。
──ちょっと残酷ですね。
ぺリー 残酷さが大切なのです。シェイクスピアには(善悪の)二元論の作品はなく、人間のあらゆるテーマを描いています。ファルスタッフを好きになり、アリーチェたちが属する飽和した小さな社会を嫌い、同時に「人間が持つ欠点という欠点を持つ堪え難いファルスタッフに対峙したら、私も同じように振る舞うかもしれないな」と気づいて欲しい と思います。
同じ文面のラブレターを出したファルスタッフ(中央)を騙してからかおうとするアリーチェ、メグたち。2019年テアトロ・レアルの『ファルスタッフ』より。
© javier del Real / Teatro Real
『プラテー』は想像力を思い切って解放する契機となった作品で、ペリーさん自身とても印象に残っているという。写真は、2015年パリ・オペラ座による『プラテー』。
© C.Pele
──これまで手がけたオペラで一番印象に残っているのはどの作品ですか?
ぺリー プロコフィエフの『3つのオレンジへの恋』が好きですね。アムステルダムで数年前に手がけたのですが、これはまた再演したいです。思い入れのある作品は他にもありますよ。私は幸いなことに再演するチャンスをよく頂けますが、再演する度に新しい発見があるんです。素晴らしいことです。
──将来はどんな作品を手がけたいですか?
ぺリー コンテンポラリーな作品をやってみたいです。例えばリゲティの『ル・グラン・マカーブル』など。ですが私はとても好奇心が強い性格で、いつも新しいものを求めているので、どんな演目にも興味があります。
──日本の皆さんにメッセージをお願いします。
ぺリー また日本を訪れる機会を得られて、とても嬉しいです。シェイクスピア作品を題材にしたもので、『ファルスタッフ』は最も成功したオペラです。音楽はもちろん、ユーモアや感情があって台本が素晴らしいのです。東京での上演をとても楽しみにしています。
ロラン・ペリー
フランス・パリ生まれ。1997-2007年アルプス国立演劇センターのディレクター、2008-2018年ミディ=ピレネーのトゥールーズ国立劇場の共同ディレクターなどを歴任。2016年国際オペラ・アワードで最優秀演出家賞、オッフェンバック『ニンジンの王』(リヨン歌劇場)でベスト・ディスカバード・ワーク賞受賞、2017年『金鶏』でヨーロッパ・フランス語圏のフランス批評家賞など数々の国際的な賞を受賞。2021年は『ファルスタッフ』のほか、『セビリャの理髪師』『月世界旅行』『ヴィーヴァ・ラ・マンマ』などの上演を予定している。
ヴェルディ 『ファルスタッフ』
オペラ全3幕 日本語及び英語字幕付原語(イタリア語)上演
指揮:レオナルド・シーニ
演出・衣裳:ロラン・ペリー
合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
東京文化会館 大ホール
2021年7月 | 16日(金)18:30 17日(土)14:00 18日(日)14:00 19日(月)14:00 |