TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

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オペラを楽しむ

こころのオペラ 染織家・随筆家 志村洋子

色を奏でるオペラ

 何の偶然でしょうか、私の初めての作品集は『オペラ』というタイトルでした。斬新な作品集にしたかったので、着物をトルソに着せ、和装にとらわれない纏い方にしました。襟にレースを使い、マスクをしたり、首にはクルスをかけたりと、今は若者の間で流行っている着方を提案したものでした。

 日本の伝統文化の世界にいる私にとってオペラという言葉の響きは、東洋から西洋への掛け橋のような感じを受けていました。それは舞台で繰り広げられる音と歌唱の物語世界と共に、贅を尽くした衣裳の艶やかさもあったと思います。音と色、音ね い色ろの世界が私の感覚を刺激して感動を深くさせてくれていました。

 随分以前の事になりますが、シェークスピアの名作『オセロ』の舞台を観た時のことです。嫉妬で苦しむオセロの肩を覆っていた一枚のストールに目が釘づけになりました。浅黒く引き締まったオセロの顔に、焦げ茶と朱色の矢絣の柄のストールは、オセロが動くたびに揺れて絡み、その後に続く悲劇を予感させ、狂おしくも、艶っぽくもありました。私は吸い込まれるように舞台を見入っていました。

 オセロの舞台を観た後、私は『オセロ』という作品を作りました。着物は繊細なデザインを常としますが、刻み付けた印象をなんとか表現したくて、大胆な茶と朱と藍の矢絣模様を着物全体にデザインしました。茶色は玉葱、朱は茜で染め、引き締め役の濃紺は藍で染めました。

 裂(きれ)の持つ魅力に惹きつけられ、着物を制作して心から思うのは、裂は人が纏うことによって生まれ変わるということです。糸は蚕の身体です。その糸に染めあげられる色は植物の体液です。絹の衣裳を身に着けるということは、蚕の生命と植物の精を身に纏うことです。

 総合芸術であるオペラは、単なる五感だけでなく、普段は使ったことのない人間の感覚を解放してくれます。人間以外の動物や植物も一緒になって舞台をつくっていて、大自然が歌ったり踊ったりして喜びに震えているように思えます。

 日本では平安貴族の時代から人は衣裳の色を特別に大事にしてきましたが、現代人はモノクロームの服を好むようになりました。都市生活では周囲の環境に色が溢れているので逆の感覚かもしれません。そのような現代人はオペラを見て、人間の歌声と共に衣裳の豪華さに魅了されることでしょう。

志村さんの初作品集『志村洋子 染と織の意匠 オペラ』(求龍堂刊)の表紙。作品は、けぶり織り「オペラ」(2010年・藍・渋木・玉葱・刈安・金箔、刺繍) 撮影:高山 宏 © Shimura Yoko

pfofile

しむら ようこ・東京都生まれ。「藍建て」に強く心を引かれ、30代から母で重要無形文化財保持者(人間国宝)である志村ふくみと同じ染織の世界に入る。1989年に、宗教、芸術、教育など文化の全体像を織物を通して総合的に学ぶ場として「都機工房(つきこうぼう)」を創設。著書に『色という奇跡』、ふくみとの共著『たまゆらの道』。作品集に『しむらのいろ』『オペラ』がある。2013年に芸術学校アルスシムラをふくみ、息子・昌司とともに開校。