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オペラを楽しむ

オペラを創る匠たち オペラ『フィデリオ』の衣裳をデザインする 前田文子さん 衣裳デザイナー

オペラをはじめ、バレエ、ミュージカル、演劇など幅広い舞台の衣裳デザイナーとして活躍する前田文子さん。舞台衣裳についての思いや、今回手掛ける9月3〜6日に上演予定のベートーヴェンのオペラ『フィデリオ』の衣裳についての意気込みをうかがった。

多彩な舞台に花開く
みずみずしい感性の衣裳

今やさまざまな舞台で引く手あまたの衣裳デザイナー、前田文子さん。そのほとばしるようなデザインソースと独創的な衣裳はどのように生まれるのだろうか。「大事なことはストーリーの時代や時代背景に合ったデザインを視野に入れ、いかにクリエイティブな世界を展開できるかということ」と前田さん。そこには演出家のイメージする衣裳をいかに昇華し具現化するか、その舞台芸術に合ったコスチュームが大切であるかということと語る。

「演出家が衣裳に描く意図を汲み、寄り添いながらもプロフェッショナルとしてのオリジナリティあふれる作品を創ること。また、それぞれの舞台—例えば、史実に基づいた芝居なら時代考証などをきっちりと考えた衣裳、バレエなら華やかで動きやすく。またダンサーの身体の線の動きがわかりやすいようトランスペアレントな素材を効果的に使うといった工夫や、バリエーション豊かなデザインをして、同じ演目でも舞台に合った衣裳を念頭に取り組んでいます」。

デザイナーとしての原点は舞台

北海道の洞爺湖近くの出身の前田さんですが、そもそも現在の仕事に就いた経緯は地元、北海道で見た演劇が始まりだったとか。「高校三年生の時、フランスの劇作家・ジロドゥが書いた『オンディーヌ』というお芝居を室蘭で観て感銘を受け、それがすべての始まりでした」。演劇のもつファンタジーに憧れ、大学に入学後は芝居をやりたいと演劇部へ。ところが実際、学生演劇の舞台に立ってみると極度のあがり症を実感。それでも演劇に関わりたいと衣裳デザインの道へと進む。「大学では服飾の勉強をしていたので、デザインをしたりコスチュームを作ったりするのは得意でした。元々、演劇が好きで、演劇ありきのコスチュームだったので、流行を追い求めるファッションの道への志向はなかったですね。いわば、衣裳デザインは、台本や演出家が存在してそこから広がっていく二次的なもの。そこから自分の感性や世界が広がります。ある意味、変身願望の強い私にとって“衣裳”を通していろいろな自分を表現できるような気もしました」。

同じ原作でも演出家や舞台の種類によって衣裳は変幻自在。物語に登場する長崎・丸山芸者の役柄をイメージしたデザイン画。
①②③ Kバレエカンパニーのバレエ『マダム・バタフライ』(2019年)。
④新国立劇場のオペラ『蝶々夫人』(2005年初演)。前田さんの才能と引き出しの多さに驚く。

「クリエート」は「モチベーション」

今回、東京二期会の9月公演、ベートーヴェンのオペラ『フィデリオ』の衣裳デザインを担当する前田さん。「私個人はどちらかというとリアリズム演劇が好きで“華美”というよりも“シック”なものが好きなんです。だから、『フィデリオ』はそうした趣味嗜好を投影しながらデザインできる作品かなと思っています。今回の演出家である深作健太さんは、衣裳についてもイメージが明確でディテールにも食い込んでくるタイプなんですね。ですからその分、制約もあります。けれど彼の中では舞台に関するさまざまなことや役割がピースのようになっていて、頭の中でパズルのように組み立てられているんですね。そのなかでいかに自分の世界を発揮できるかという意味ではとても楽しみです」。

今年はベートーヴェン生誕250年のメモリアルイヤー。東京二期会のオペラをはじめ、すでにベートーヴェン関連の舞台3本の衣裳デザインの依頼がきているという。「衣裳デザインは常にその先に素晴らしい公演があり、ただひたすらにひたむきにクリエートするものだと考えます。日々、頭のクリアな時間に作品作りに没頭していても、(新型コロナウイルスの影響で多くの公演開催がままならない状況だと)創作意欲に影響が出るのも事実」としながらも、「『フィデリオ』のストーリーのように、正義は必ず最後に勝つと信じています。ですから、晴れやかな気分で9月の公演が開催されることを信じています。舞台に合ったデザインを実直に創作し、心を乱されず、素晴しい舞台と衣裳をお客さまにご覧いただけるようデザインできればうれしく思います」。

前田さんが手掛けた東京二期会のオペラ衣裳

東京二期会公演に登場した前田さんデザインの衣裳。左上より『フィガロの結婚』(2016年・宮本亞門演出)『ダナエの愛』(2015年・深作健太演出)、『ローエングリン』(2018年・深作健太演出)。
© 三枝近志

前田 文子(まえだ あやこ)

衣裳デザインを緒方規矩子氏に師事。1998年度の文化庁在外研修員として渡英。さまざまなジャンルの舞台衣裳を手掛ける。オペラ作品では宮本亞門演出『フィガロの結婚』、栗山民也演出『蝶々夫人』『リア』、岩田達宗演出『ラ・ボエーム』などの衣裳デザインを担当。伊藤熹朔(きさく)賞、読売演劇大賞優秀スタッフ賞、橘 秋子賞クリエイティブスタッフ賞、紀伊國屋演劇賞個人賞など賞歴多数。

ベートーヴェン 『フィデリオ』

新制作

オペラ全2幕
日本語字幕付き原語(ドイツ語)上演
指揮:ダン・エッティンガー
演出:深作健太
合唱:二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
新国立劇場 オペラパレス

2020年9月 3日(木)18:30、4日(金)14:00、5日(土)14:00、6日(日)14:00