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オペレッタ『天国と地獄』を二倍楽しむには~オペレッタの達人 加賀清孝氏に聞く~ 聞き手:朝岡久美子

今秋、上演されるオッフェンバック『天国と地獄』。
四半世紀にわたって東京二期会のオペレッタ作品に数多く出演し、自らも自身の作品の台本作成や作曲を手がける本作品の公演監督、バリトンの加賀清孝氏にプロダクションの魅力を聞いた。

─ 『天国と地獄』という作品の魅力や面白さについてお話しください。

加賀(以下K) 日本のお客様の多くは、きっと、あのフレンチカンカンの音楽を楽しみにしていらっしゃるんじゃないかなと思うのですが、この作品の本当の面白さっていうのは、作品中に散りばめられている様々なことが分かってくると倍増します。
 まずは、この作品が、モンテヴェルディやグルック作曲のオペラにもなっている『オルフェオとエウリディーチェ』というギリシャ神話のストーリーのパロディであるということを押さえておきたいです。それから、二幕でジュピターがハエに変装して出てくるシーン。あれも、聖書の中でハエはサタンの化身として描かれているということなどが分かると、もっと面白く感じられるはずです。神様が突然サタンの化身に化けて出てくるわけですから。当時、ギリシャ神話を知り、聖書のことも知るインテリ層の観客たちにとっては、目の前で禁断のギャグの世界が繰り広げられるのですから、それは面白がったでしょう。今回の上演でも、そういう当時の世相のようなものをどう現代の日本に当てはめて描いていくかですね。そこは、演出の鵜山仁さんがうまく仕上げて下さると思います。

─ 今回は日本語上演ということですが、日本語訳でオペレッタを聴かせる意義をどのように考えていますか?

K 即興で時事ネタやギャグも盛り込めるオペレッタという作品の性格を考えれば、お客様に一つひとつのセリフをダイレクトに理解し、感じてもらえるということがまずとても大切だと思っています。歌う側も、母国語であればこの台詞にはどれぐらいの皮肉が込められているのかというのが直感的に感じられますよね。そうすると、〝えっ〟て言うのと、〝えー〟って言うように、リアクションが全く変わってくるんです。だから、原語じゃなくて絶対に日本語で。それも現代の話し言葉でやるのが一番だと僕は思っています。笑いのツボは、ストンとはまらなくちゃならないですからね。

1991年上演の東京二期会公演『メリー・ウィドー』より。
ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵を演じる加賀清孝氏。

─ この作品の見どころ、聴きどころを具体的に教えてください。

K やはりオッフェンバックの音楽のすばらしさですよね。とにかく彼はオーケストレーションがうまい!歌のメロディーも、これだけきれいなものを、どうして書けてしまうのかなと思うほど。いきなり冒頭でオルフェが奏でるバイオリンのメロディーの美しさ。ああいうところがやっぱり誰もが認める素晴らしいところですね。他にも、例えば…、地獄での〝ハエの二重唱〟なんか、これは恐らく台本作家ですが、発想自体がメチャクチャ面白い。人間が口で表現するズズズーッという羽の音なんか当時、観衆はびっくりしたでしょう。歌うのは大変なんですよ。結局、五線を超えた高音はズズズーッでは絶対無理だから、途中からしっかり良い声で歌ってますけどね。

─ 他にもオッフェンバック特有の語法がありますね?

K この作品には〝クプレ〟という有節歌曲形式の歌が散りばめられています。同じメロディーで一番の歌詞、そして二番、三番…と繰り返し歌われるので、歌詞や言葉遊びを楽しむにはもってこいですね。民謡風なメロディーも親しみやすいですし。他にもユリディスが歌う愛らしいクプレなんかもありますね。ぜひ、皆さんにも帰り道、口ずさんで頂きたいです!
 ユリディスは、艶やかさを出すためにリリコ・ソプラノを起用するケースも多いのですが、今回は楽譜どおりの高音を実現できるコロラトゥーラ・ソプラノをキャスティングしました。華麗なハイトーンも存分に堪能頂けると思います。あと印象的なのは、第一幕のフィナーレの大合唱です。〝地獄へ行こう〜♪〟というマーチでタンタカタンタン、ツッタンターン、ツッタンターン、ツッタッターンって、こんなのササッと書いてるでしょ!って思うくらい本当に気軽なメロディーですが、これが楽しめちゃうんです。

2007年に上演された東京二期会公演『天国と地獄』より。
写真:三枝近志

─ この作品は落ちもかなり大胆な印象ですね。

K クライマックスで『オルフェオとエウリディーチェ』に出てくる〝オルフェオよ、後ろを振り向いたら一生妻を取り戻せないぞ…〟というくだりがパロディ的に扱われるわけですが(ここではネタバレになりますからどうパロディなのかはお話ししないほうがいいですね)、そう、パロディにしても、一回ズドーンと落としておいて、最後はなんとなくドタバタに〝めでたし、めでたし〟というストーリーの運びは、ちょっと無理やりな感じはあるんですが、そこがオペレッタの醍醐味です。『メリー・ウィドー』も手紙一つで最後にドンとストーリーが落ちますから(笑)。

─ 指揮者の大植英次さんは、今回は〝面白いけど、品格のある作品にしたい〟とおっしゃっていますが。

K とかくドタバタになってしまうオペレッタをおシャレに仕上げて下さるのは演出家と指揮者です。前回『こうもり』を振ってくださった大植さんは、今回もスリリングでヨーロッパの香りのする音楽を作り上げて下さると信頼しています。本番は彼の棒に100%預けてグイグイ引き込まれていくという感じになるでしょう。本当に楽しみです!

あらすじ

バイオリン教師オルフェと妻のユリディスは倦怠期の夫婦。オルフェはユリディスの不倫相手で羊飼いのアリステ(実は地獄の王プルート)をやっつけようと罠を仕掛けるが、事もあろうに毒蛇に咬まれて死んだのは妻ユリディス。予想外の結果に喜んでしまうオルフェ。しかし、実はこれもすべてアリステ(プルート)の仕業。アリステは愛するユリディスを手に入れるためにわざと彼女を死なせ、地獄へ連れて行こうとしたのだ。

一方、それを見ていた「世論」はオルフェに対し、妻を取り戻すべきだと主張する。オルフェはしぶしぶ「世論」といっしょに神々の世界へと赴き、天国にいる神々の王ジュピターの前で、嫌々ながら妻を返してほしいと頼む。そこで、ようやく事の次第が地獄の王プルート(実はアリステ)の仕業と知った一行は、今度は皆で地獄へ行くことにする。

地獄で退屈しているユリディス。プルートが、神々の王ジュピターに彼女を取られないよう、一室に鍵を掛けて閉じこめていたのだ。ジュピターは大の女好き。実は、彼もユリディスをひそかにものにしようと企んでいたのだった。

そこへ現れたジュピター。彼はハエに姿を変えて、退屈するユリディスの部屋に忍びこむ…。そこへオルフェも到着…。ハエに姿を変えてユリディスを誘惑するジュピターに怒るプルート…。天国と地獄の面々入り乱れての乱痴気騒ぎ。さて、どうなることやら…。

『天国と地獄』人物相関図

『天国と地獄』人物相関図

加賀清孝 KIYOTAKA KAGA

桐朋学園大学卒業、東京藝術大学大学院及び文化庁オペラ研修所修了。ボローニャ及びザルツブルクにて研鑽。二期会でのオペレッタデビューは『メリー・ウィドー』サン・ブリオシュ、続いてダニロ。以降オペレッタに欠かせないバリトンとして『チャールダーシュの女王』フェリ・バーチ、『メリー・ウィドー』ツェータ等多数出演。演奏活動の傍ら手がけた合唱曲、歌曲等は音楽教科書にも掲載されている。舞台作品としてはコミック防災音楽劇『御近所絆物語』、オペラ『幸せの王子』等次々と発表し出版。NHK教育テレビ「歌ってゴー」レギュラー、同学校放送「ラジオ音楽教室6年生」パーソナリティー等も務めた。二期会会員