TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

ENGLISH

オペラを楽しむ

「椿姫」キャストインタビュー

谷原めぐみ・成田博之

谷原めぐみ

取材・文:田中庸子/写真:近澤幸司

注がれる愛情をすべて力に変えて―
初の大役に挑むフレッシュなママ・プリマ。

 二期会のオペラ公演にもたびたび出演してきたソプラノの谷原めぐみ。今回、厳しいオーディションを経て、ついにソプラノなら誰もが憧れる『椿姫』のタイトルロールを手にした。谷原にとって、来年二月の公演は、記念すべきオペラ大役デビューといえる。

「役の重さを考えると、私でいいのかとても悩みました。でも、『オペラの舞台に立っているお母さんが見たい』って娘が背中を押してくれたんです。じゃあ頑張ろう!って」

谷原の原点は、年の離れた兄と姉のいる甘えん坊の“末っ子のめぐちゃん”。しかし、そんなめぐちゃんも家に帰れば、実は二人の女の子のママ。現在は全国各地の公演に出向きつつ、子育てにも大忙しだ。全力で谷原を支えてくれる家族の話になると、「歌い手の気持ちがわかる主人やバレエが大好きな娘たちの支えがあったからこそですね」と笑顔も全開。

しかし、苦労なくここまできたわけではない。故郷香川県の小豆島で一旦教師になったものの大学院進学を志して上京し、以降、粘り強くキャリアを積んできた。

「国語教師の父と音楽教師の母には、『ごめんね、あと少し東京で歌わせてね』って、ずっと言い続けながらきたんです」

そんな、家族の愛を背中に感じていればこそだろう。日々のコンディションづくりにも、アスリート並みのストイックさで取り組んでいる。

「発声の訓練のほか、毎日泳いだり筋トレしたり。声を出すのは全身の筋肉を使いますから」

高級娼婦ヴィオレッタは純愛を知りながらも、相手の家族のことを思い、自ら静かに身を引き、病に倒れる。『椿姫』の原題『ラ・トラヴィアータ』は、イタリア語で“道を踏み外した女”という意味だ。

「むなしい女にはしたくない。誇り高く自分の信じた正しい道を貫き通した女性だと思っています。私もあえて厳しい道を選ぶところがある。周りから見ると道を踏み外していても、自分にとって、それは真実の道だと思うんです」

“末っ子のめぐちゃん”が様々な人生経験を経て、沢山の愛とサポートを力に変えて、覚悟を決めて乗る舞台。全身で自分との闘いに挑むプリマの姿を、ぜひ客席で見守りたい。

谷原めぐみ(たにはら めぐみ) ソプラノ

大阪教育大学卒業、東京藝術大学大学院修了。第38回イタリア声楽コンコルソ金賞、第8回藤沢オペラコンクール第1位、第23回奏楽堂日本歌曲コンクール第1位等受賞多数。東京二期会には『ナクソス島のアリアドネ』エコーでデビュー、以降栗山昌良演出『蝶々夫人』ケートを演じる他、日生劇場『魔笛』侍女Ⅱ等に出演。二期会会員

成田博之

取材・文:朝岡久美子/写真:近澤幸司
撮影協力:マセラティみなとみらい

イタリアの美とカッコよさは、
ヴェルディの音楽とスーパーカーにあり(?)

「ジェルモンですか…、難しい役ですね。だって、たった20分の間に、ヴィオレッタに“息子を諦めてほしい”という父親の苦渋の思いを切々と語り、最後には悲しみに打ちひしがれた彼女に、“私を娘のように強く抱いてください”と言わせてしまうんですから。そういう人を包みこむ人間の大きさが声にも立ち振る舞いにもにじみ出ていなければ、ただのおじさんですよ(笑)。だから、若いヴィオレッタとアルフレードを上回るエネルギーをつねに発してないとダメなんです」

来年2月の公演で、まさにその大役を歌う。愛する作曲家ヴェルディについてこう語ってくれた。

「彼の作品を通して、“あなたにはあなたの役割があるんだよ”ということを教えられましたね。彼の音楽には音符や言葉の一つひとつに色があり、登場人物の息づかいや一挙一動までもが見事に描きだされているんです。そこには絶対に“成田”という個が入り込む余地はない。作曲家が描いた音楽と日々対話し、つねに作品の中の一登場人物に徹する。周囲の雑音や雰囲気にのまれず、一人の職人として、与えられた使命を粛々と全うするといいますか…。日々、ヴェルディの音楽に自らが試されている気すらします」

中学生の頃から往年のイタリア名歌手の輝かしい声を聴いて育ち、憧れた。今でこそストイックに渋い路線を貫く成田も、かつての(?)派手好み志向が覚めやらないモノがあるという…。それは、今も昔も変わらぬイタリア車愛。

「スーパーカー世代ですからね。『サーキットの狼』という漫画が全盛期で、以来、もうマセラティ・メラクやフェラーリ・ディーノの虜です」

でも、やはりこういう落ちに帰り着くのが成田らしい。

「あの遊びと余裕を感じさせるデザイン。ああいうのがごく自然に実用的な観点から生まれてくるというのが本当にイタリアのスゴイところでしょ。あれはうわべのカッコよさから生まれたものじゃないんですよ。流行に追われず、つねに基本に忠実で誇りを持っている。そういう真の価値観が確立されていなければああいう美は生み出せないものですよ。そういうところが、やっぱりヴェルディの音楽にもあるんだよね…」

成田博之(なりた ひろゆき) バリトン

国立音楽大学卒業、同大学院修了。文化庁オペラ研修所修了。文化庁芸術家在外派遣研修にて渡伊。近年東京二期会では『ドン・カルロ』ロドリーゴ、『リゴレット』題名役、『イル・トロヴァトーレ』ルーナ伯爵で出演。また、本年も新国立劇場鑑賞教室『蝶々夫人』シャープレスを演じるなど、イタリアオペラに欠かせないバリトンである。二期会会員