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オペラ『椿姫』〜不朽の名作を新たなる時代へ〜

あらすじ

貴族の青年アルフレードは、当代随一と謳われる高級娼婦ヴィオレッタの館で催された宴で彼女に出会い、一目惚れしてしまう。アルフレードの純粋な愛にとまどいながらも一途な心を受け入れるヴィオレッタ…。

その後、ヴィオレッタは社交界の生活を捨て、アルフレードと幸せに暮らしていた。ある日、ヴィオレッタのもとに彼の父ジェルモンが訪ねてくる。ジェルモンは、ヴィオレッタに自らの過去を考え、甘い夢を捨てて息子と別れるよう彼女に迫る。彼女は真実の愛を訴えるが、それも虚しく、失意の中で別れを決意する。ヴィオレッタからの一通の置き手紙を読んだアルフレードは、彼女の不意の裏切りに逆上してしまう。

数か月の後、ヴィオレッタは病に侵され自宅で床に臥せていた。そこへすべての実情を知ったアルフレードが彼女のもとに駆け付けるが、時はすでに遅く…。

美しく華やかに、〝椿姫らしい〟椿姫を

─ 演出家 原田諒氏に聞く

いつの世も世界中の歌劇場の十八番的存在として知られるヴェルディの『椿姫』。東京二期会でもおなじみの演目だ。来年二月の上演では、宝塚歌劇団所属の若き演出家 原田諒氏を迎え、この不朽の名作に新たなる息吹が注がれる。ご自身に作品と舞台にかける思いを聞いた。

─ 学生時代から宝塚歌劇団に所属され、演出家の道を歩んでこられたそうですが、そこに至るまでにはどのような 経緯があったのでしょうか?

原田(以下H) もともと映画や演劇など、観劇を好む家庭に育ちました。初めて宝塚歌劇を観たのは中学一年の時。当時は紫苑ゆうさんや一路真輝さんがトップスターを務められていた時代で、華やかな舞台に魅せられてすっかり虜になりました。そんな舞台を作る人=演出家になりたいと思いましたが、演出家になる方法ってよくわからない。わからないまま普通の高校に通い、大学も法学部へ進みました。ところが就職活動の時期になったとき、幸運なことに宝塚歌劇団の演出助手の募集が四年ぶりにあったのです。これはチャンスだと入団試験を受けて、大学四年生の時から二足の草鞋をはじめました。

─ そして2010年、フランスの歌手シャルル・トレネの半生を描いた『Je ChanteⅠ終わりなき喝采』の作・演出でデビュー。最近では、キューバ革命のゲリラ戦を描いた『チェ・ゲバラ』も衝撃的でした。

H 演劇と同様に歴史への興味もずっとあったんです。特に20世紀初頭から1940年代くらいまでが好きですね。『ドクトル・ジバゴ』や『20世紀号に乗って』もそうですが、20世紀前半は爛熟した文化の中で形成された華やかな社会がある一方で、革命や移民といった人間くさいドラマが展開されるところに惹かれます。この夏手がけた『チェ・ゲバラ』では、宝塚らしい煌びやかさを一切排し、キューバ革命の中で繰り広げられた人間ドラマを描きました。僕は、たとえスパンコールの衣裳を使わなくとも、人間同士の絆や思いといった「愛」が作品に入っていれば、それは宝塚の舞台として成立すると思っているんです。ですから『チェ・ゲバラ』も絶対に宝塚化できると思い、挑戦しました。

─ 演劇に歴史、そしてオペラもお好きだとか。メトロポリタン歌劇場の大ファンだと伺いました。

H 初めてオペラを観たのはまだ子どもの頃、来日公演のオペレッタ『メリー・ウィドー』でした。よく観るようになったのは、ミュージカルの勉強にニューヨークへ足繁く通うようになってからですね。年に二〜三回行きますが、秋から春のシーズンには必ずMETでオペラを観ます。中でもゼフィレッリ演出の『トゥーランドット』は、何度観ても泣いてしまうぐらい大好きです。今は様々な演出がありますが、僕はグランドオペラはグランドオペラらしいクラシック感と、豪華絢爛に見せる演出が一番だと思います。そんな贅沢で豊かな気持ちになれる舞台を作りたいのです。

─ 2014年の『白夜の誓い-グスタフⅢ世、誇り高き王の戦い-』では、オペラ『仮面舞踏会』にも描かれた暗殺事件をミュージカルに。『アイーダ』や『トゥーランドット』など、宝塚にはオペラを題材にした作品も数多くありますね?

H ミュージカルは、もともとオペレッタとレビューの間に生まれた演劇です。宝塚のレビューは、1920年代に演出家・岸田辰彌がパリに留学し、ミスタンゲットやジョセフィン・ベイカーといったスターが活躍していたパリ・レビューの作劇法を持ち帰ったところからはじまります。当時のパリ・レビューはいわゆる「女性性」を売るバーレスクなもの。岸田の弟子であり、同じくパリ留学を果たした演出家・白井鐵造が、そういった部分をさらに洗練させ、清く正しく美しく、そして甘く、宝塚の舞台と宝塚の生徒に合うように作り変えたのです。パリで流行していた最新のシャンソンを使い、さらにニューヨークで一世を風靡していたジーグフェルド・フォーリーズの人海戦術、バレエや日本舞踊の要素も取り入れ、宝塚レビューが形成されていきました。ですから宝塚歌劇とオペラは通じ合うものがあるように思います。今回の『椿姫』のお話を頂いた時も、自分が宝塚で培ってきた美しさと品格のある舞台、「椿姫らしい」舞台を描き出すことが求められているんだろうなと感じました。

─ 二月の『椿姫』の舞台に関して、すでに具体的に構想していることはありますか?

H 『椿姫』は時代物と世話物の両方の要素がある上に、レビュー的な部分もある作品だと思います。それらの要素がすべて入っているのが面白いですよね。また、前シーズンのMETで上演されたマイケル・メイヤーの新演出にも刺激を受けました。今回のプロダクションでもご一緒する松井るみさん(装置)や麻咲梨乃さん(振付)は、これまでも共に作品を作ってきてくださった、僕の信頼するスタッフの先生方です。これまでの舞台作りの経験と、二期会の皆さんの持ち味がうまく化学反応できる舞台にしたいと思っています。

─ 美しい舞台に期待が高まりますが、『椿姫』、そしてヴェルディの中期オペラが持つ人間ドラマについてはいかがでしょう?

H 『椿姫』に流れるテーマは、日本人がシンパシーを感じやすいものでもあると思います。たとえばヴィオレッタからアルフレードへの絶縁は、歌舞伎で言えば『籠釣瓶』の縁切りの場のような「心にない愛想尽かし」ですよね。女は泣く泣く別れを告げ、男は彼女の気持ちも知らずに絶望し怒る。現代においてもそういう事件はありますよね。時代が変わろうと『椿姫』の魅力が色褪せないのは、そういった普遍的な人間ドラマが描かれているからだと思います。芝居は演じる人間の感情がいちばん大事です。それが心から発するものでないと、芝居は成り立ちません。舞台という虚構の世界、様式美の世界を、人間が息づくものにしないといけないと思います。そういった本質を見失うことなく、初心に帰って取り組みたいと考えています。

─ 社会や人々の考え方が目まぐるしく変化している現在、「2020年のヴィオレッタ」がどのように私たちの目の前に現れるのか、楽しみです。

H 古典は新解釈できる面白さもあると思います。演出家としてだけではなく、一オペラファンとして、皆さんの期待にお応えできるような「温故知新」の舞台を目指したいと思っています。焼き直しではない「新作の古典」を、自分なりに模索して作っていきたいです。

※編集部注:『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』:
“吉原百人斬り”事件を基に吉原の世界を豪華絢爛に描いた三世河竹新七による世話物の名作。通称『籠釣瓶』。

原田諒 Ryo Harada

1981年、大阪市出身。同志社大学在学中の2003年、宝塚歌劇団入団。2010年『Je Chante-終わりなき喝采-』の作・演出でデビュー。『華やかなりし日々』、『ロバート・キャパ 魂の記録』(共に2012年)で、第20回読売演劇大賞 優秀演出家賞を受賞。2016年に作・演出を手掛けた『For the people-リンカーン 自由を求めた男-』で、第24回読売演劇大賞 優秀演出家賞・優秀作品賞を受賞。『ベルリン、わが愛』(2017年)、『ドクトル・ジバゴ』(2018年)は第43回菊田一夫演劇賞を受賞した。近年の主な作品に『雪華抄』、『MESSIAH-異聞・天草四郎-』などがある。また、『ふるあめりかに袖はぬらさじ』、『安蘭けいドラマティック・コンサート』など外部での演出も手掛けている。