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オペラを楽しむ

日本の美を軽やかに描く 「蝶々夫人」の衣裳を手がけるデザイナー貴田賢三氏に聞く 聞き手:朝岡久美子

Photo:中村ユタカ

幼少より多くの舞台芸術に触れ、一つのインスピレーションの源としてきた髙田賢三氏。今年10月上演の『蝶々夫人』では、日本で初めてオペラの衣裳を手がける。プッチーニのオペラをこよなく愛するという賢三氏にプロダクションへの思いを聞いた。

─『蝶々夫人』の衣裳を手がけられるにあたり、思いをお聞かせください。

髙田賢三氏(以下K) 演出家の宮本亜門氏からお話を頂いた時は、お請けするかどうか随分迷いました。僕にとって『蝶々夫人』というのは何よりも憧れの演目でしてね。僕は、(雑誌の)『それいゆ』の中原淳一先生の描く絵からオペラの世界を知ったのですが、中でも“蝶々さん”でオペラの真の魅力を知ったと言っても過言ではないですから。そういう意味でも、大きなプレッシャーを感じています。

─賢三さんご自身、オペラの楽しみや醍醐味というのはどのように感じていらっしゃいますか。

K パリはオペラのチケットが取れなくて、年に行けても4~5回なんですが、毎回夢の中に入っていくような、特別なワクワク感がありますね。特にプッチーニのオペラというのは、『蝶々夫人』にしても『トスカ』にしても幕が開いて、最初から引き込まれていくという醍醐味があります。ワーグナーもたまに聴くんですが、やはりあの世界に入り込むまでには、見出してからも少し時間がかかるんです。

─1999年にパリ・オペラ座の『魔笛』でオペラの衣裳制作を手掛けておられますが、その時の思い出をお聞かせください。

K 演出家のボブ・ウィルソンとはそれ以前にも別の劇場で一緒に仕事をしたこともあり、住んでいた場所も近かったことから、一緒に『魔笛』もやろうということになったんです。

とにかく、衣裳についても徹底してストーリーや演出上で語られる役柄のシンボルについて表現することが求められるんですね。ザラストロならザラストロ、パパゲーノならパパゲーノのキャラクターを一目で表現する視覚的なシンボリズムというのでしょうか。

最終的にはボブとの話し合いで、エジプトと日本の神話的世界の融合というような世界観を作り上げたんですが、ザラストロは長い裃、夜の女王も五メートルの高さからドレスを引きずることで神格的な象徴を出すという風に。生地や素材も麻をはじめ、僕の意志で日本独特のものをこだわって使用したんです。

©Opéra national de Paris

─オペラ劇場での仕事で最も興味深かった点は?

K オペラ劇場のアトリエのすごさというものに感動しました。オートクチュールのメゾンなんかよりも遥かに大きい規模でモノが動き、仕事の速さもすごい。それと、通常僕たちが手がけているプレタポルテだと、どうしても着やすさ、流行、価格、売れるためのデザインというものを意識しなくてはいけないんですが、そのような制約や条件に捉われないで仕事ができるというのは素晴らしいことです。

─今回の『蝶々夫人』の衣裳コンセプトをお聞かせください。

K 最初、日本のとらえ方をどうすべきかということを相当考えました。そこで、やはり本物のきちっとした日本というものを見せるべきだと思ったんです。日本人が見ても、外国人が見てもわかりやすく、たとえモダンに描かれたとしても、本物の日本の美意識が表現された作品です。全体を通して、日本の美を軽やかに描きたいと思っています。

─“軽やかさ”は具体的にどのように表現されますか?

K やはり素材でしょうか。結婚式のシーンなんかは、日本の伝統的な金襴緞子のイメージが描かれますが、そこにオーガンジーなどをあしらうというようにして新しさを出せたらと思います。結婚式の衣裳や仲間の芸者たちが祝福する(合唱の)シーンなどは大勢人が集まりますから、そのようなところでも視覚的につねに軽やかさが表現できるよう、色々思いを巡らせているところです。

─賢三さん独自の世界ともいえるあの美しい百花繚乱の世界観も期待されますが、どのように投影されるのでしょうか。

K まだ公演までに半年以上ありますので、美術・装置がどう変化するかによっても、今後少しずつ変わっていくことがあるかもしれませんが、桜、牡丹、芍薬のような花々をイメージしています。

─賢三さんの美しい衣裳を心待ちにするオペラファンたちにぜひメッセージを。

K 最近日本でもオペラの上演がとても盛んだと聞いています。パリは行きたくても(チケットが取れなくて)なかなか行けないことを考えると(笑)、身近なところでオペラを体験できる素晴らしさを若い方にも存分に味わって頂きたいですね。どんなに日常の生活に追われていても、2~3時間ほど別世界へと誘ってくれる。その得も言われぬ醍醐味をぜひ体感してください。

パリ・オペラ座で1999年に上演された『魔笛』の舞台から。髙田賢三氏が衣裳を手がけた(演出ボブ・ウィルソン)。エジプトと日本の神話の世界が融合されたエキゾチックな舞台。裃風の登場人物(写真左)や長い裾を引きずる夜の女王(写真上)など、キャラクターの個性が象徴的に引き出されている。
©Opéra national de Paris

髙田賢三 Kenzo Takadaデザイナー

兵庫県生まれ。文化服装学院デザイン科卒業。1965年に渡仏。70年パリにブティック「ジャン グル・ジャップ」をオープン。初コレクションを発表。パリの伝統的なクチュールに対し、日本人 としての感性を駆使した新しい発想のコレクションが評判を呼び、世界的な名声を得る。その後 ブランドを「KENZO」とし、高い評価を受ける。84年仏政府より国家功労賞「シュヴァリエ・ド・ ロルドル・デザール・エ・レトル」芸術文化勲章(シュヴァリエ位)、98年「コマンドゥール・ド・ロ ルドル・デザール・エ・レトル」芸術文化勲章最高位の(コマンドゥール位)受章。同年紫綬褒章を 受章。現在は、クリエーションにおける異業種とのコラボレート事業を展開。世界の伝統文化を 継承する為の活動をライフワークの一つとしている。2016年仏政府よりレジオンドヌール勲章 「名誉軍団国家勲章」(シュヴァリエ位)を受勲。