又吉秀樹・高橋維
一度ハマればとことんハマる。
やればやるほどオペラもハマる
テノールの又吉秀樹は飽きっぽいといいつつ、のめり込むと一筋。まずは野球。実は歌よりも野球狂のキャリアのほうが長い。そして旅、ゲーム。『冬の旅』のような気ままなさすらい旅が好きなのも、ステージごとに舞台が変わるドラゴンクエストのせいというオチがつく。
オペラにハマったきっかけは高校3年生の合唱祭。「音楽の先生に『いい声だからソロを歌ってみない?』と言われて。『カルメン』の〈闘牛士の歌〉だったんですが、もうめちゃくちゃ盛り上がったんですよ。野球場かサッカー場みたいに『ウワァァァーーッ!』って。今でも僕の中ではあれが一番の歓声です(笑)」もともと音楽はいつも近くにあった。
「父も母校で声楽を学んでいまして。僕と兄が生まれ卒業後は歌をやらずに勤めに出ましたが、家でよくオペラも練習していました。父方の祖父は沖縄民謡をやってたんです。父が幼稚園ぐらいの時に亡くなったので会ったことはないんですけど」
“神様が引いたレール”に乗ってオペラへと導かれた彼。イタリア留学中には最愛のオペラ『トスカ』の世界に溶け込むべく、ゆかりの場所に一週間通い続けた。
「三幕の冒頭は夜明け直前のサンタンジェロ城の風景を音楽にしているんですが、プッチーニがわざわざローマに行って教会の鐘の音を譜面に起こしたんです。実際は意外に小さい音なんですよ。そこでしばらく佇んでいると、いろんなところから鐘の音が聴こえてきて。あれはたまらない経験でしたね」
旅も映画も本も役を演じる糧になっている。だが“すべてをオペラのために”という気負いは一切なく、なんとも自然体だ。
「趣味と言ってもいいくらいオペラが好きなんです。大好きな事と仕事がうまく連動してるなって思います。“仕事”のためといったら健康に気をつけているくらいですね」
『天国と地獄』への意気込みを聞くと、野球狂・又吉のいたずらっ子の顔になった。
「かっ飛ばしたいっすね!楽しい作品なんで初球から振っていきたいっすね!(笑)」
(編集部注)高校球児のインタビューではありません。念のため。
又吉秀樹(またよし ひでき) テノール
東京藝術大学卒業、同大学院首席修了(アカンサス賞、同声会賞、武藤舞賞)。文化庁新進芸術家海外研修員、ローム ミュージック ファンデーション奨学生。トスティ歌曲国際コンクールアジア予選第2位、読売新聞社賞(イタリア本選出場)。渡伊中はスポレート歌劇場特別研修員を務めた。東京二期会では『イドメネオ』題名役、『こうもり』アイゼンシュタインを演じる。
二期会会員
アニメがインスピレーション、
でもオペラと人生は冷静かつ情熱的に
幼少の頃から漫画、アニメが大好きだったという高橋維。お気に入りの作品に話が及ぶと、その大きな瞳がひときわ輝く。5歳から始めたモダンバレエでも、想像の世界のキャラクターたちに親しんでいたことがプラスになった。
「絵を描くのが好きだったことも関係あるんでしょうか。役を演じるような場合も、表現したいイメージは先に頭の中に出来上がっていて、それを描き起こしていくような感じでした。歌も同じで『こう歌いたい!』というイメージはずっと持っていて。大学時代はテクニックが追いついていないことに気づかず、イメージ通りにできなくてやきもきしたことも」
きっと想像力の翼を広げ、オペラ歌手になるという夢を描いて努力してきたのだろうと思いきや、そういうわけでもないらしい。
「当初からオペラをやりたいと思ってはいたのですが、その後進学した大学院では独唱科に入り、オペラではなく歌曲を勉強していました。修了後に初めて本格的にオペラを学ぼうと二期会オペラ研修所に入って、デビューに至りました」
早急に舞台には立たず、様々な言語や様式の作品を楽譜という情報から広げて表現し、少しずつ舞台表現を磨いていった。
「遠くの未来を思い描くタイプではないんです。目の前の仕事に全力で取り組むことで次の目標を見定めることにしています。自分の力を過信せず冷静でいたい。でも仕事は情熱をもって取り組むよう心がけています」
なるほど、誰もが持っている空想という力が、現実派の彼女が舞台に立つことを助けているのだ。彼女が想像上の世界のキャラクターたちに愛着を覚えるのも、彼女たちが本来の自分自身とは異なる世界にいるからなのだ。
「今もいろいろなアニメ、漫画の作品からインスピレーションをもらっています。感情移入して一喜一憂することもあれば、息抜きとして現実逃避するような感覚で楽しむこともあります。私の生活に欠かせない存在です」
11月に出演する『天国と地獄』。神話の世界に飛び込むユリディス役の彼女の横に本当にアニメの世界から飛び出てきた守護霊たちが見えるかもしれない(!)。
高橋維(たかはし ゆい) ソプラノ
東京学芸大学卒業、同大学院及び東京藝術大学大学院修了。二期会オペラ研修所修了(奨励賞、優秀賞)。五島記念文化賞オペラ新人賞を受賞し渡墺。二期会ニューウェーブ・オペラ劇場『ジューリオ・チェーザレ』クレオパトラで二期会デビューし、『魔笛』夜の女王、『ウィーン気質』ペピ、『フィガロの結婚』スザンナ、『ナクソス島のアリアドネ』ツェルビネッタと大役が続く。
二期会会員