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オペラを楽しむ

知るようで知らないオペラ『蝶々夫人』

あらすじ

バイオリン教師オルフェと妻のユリディスは倦怠期の夫婦。オルフェはユリディスの愛人で羊飼いのアリステ(実は地獄の王プルート)をやっつけようと罠を仕掛けるが、毒蛇に咬まれて死んだのは妻ユリディス。予想外の結果に喜んでしまうオルフェ。しかし、それを見ていた「世論」はオルフェに対し、妻を取り戻すべきだと主張する。オルフェはしぶしぶ「世論」といっしょに神々の世界へと赴き、天国にいる神々の王ジュピターの前で、嫌々ながら妻を返してほしいと頼む。そこで、地獄の王プルートの仕業と知った一行は、今度は皆で地獄へ行くことにする。

地獄で退屈しているユリディス。なぜなら、地獄の大王プルートが、神々の王ジュピターに彼女を取られないよう、一室に鍵を掛けて閉じこめていたのだ。ジュピターは大の女好き。ユリディスをひそかにものにしようと企んでいたのだ。

そこへ現れたジュピター。そして、後で到着したオルフェ…。天国と地獄の面々入り乱れての乱痴気騒ぎは、さて、どうなることやら。

芸術的に素晴らしいものを楽しく見せる

─ 指揮者、大植英次に聞く『天国と地獄』の魅力

19世紀パリでオペレッタの華を咲かせたジャック・オッフェンバック(1819~80)。『天国と地獄』は、終盤のフレンチ・カンカンが有名だが、無論それだけではない。全編が心躍る音楽と風刺の精神、笑いに満ちた一大出世作である。2013年の『こうもり』(J.シュトラウスⅡ世)に続き、11月、日生劇場で再び二期会オペレッタに登場する指揮者の大植英次氏に、見どころを聞いた。

大植氏が指揮した東京二期会創立60周年記念公演(2013年)
『こうもり』の舞台より。 ©三枝近志

─ ウィンナ・オペレッタの『こうもり』では、大植さんのタクトが快活な音楽を生み出し、成功されました。歓楽と退廃の都パリで一世風靡した『天国と地獄』の魅力はいかがでしょうか。

大植(以下O) 風刺がきいていて辛辣な、とても面白い作品です。19世紀半ば、パリ万博の頃、オッフェンバックの作品は大人気で、劇場は観客でいっぱいでした。『天国と地獄』にも、そのころの華やかな街の雰囲気、ちょっと気取ったパリジャンの気分が音楽にあふれています。

10年くらい前にパリで一度、フランス語で上演しました。彼の音楽を表現するには、ウィットが必要です。気品がありながら、ちょっとトゲがある。リズム感がすごいあって、生き生きしている。しかも、メロディーがめちゃくちゃきれい。「こんな作品だったのか!」と気づいてもらって、口ずさみながら帰って頂けたら嬉しいです。

『こうもり』と同じく日本語上演ですが、作曲家がやりたかったことを思い描きながら、限りなく本物に近い上演をめざします。

─ ギリシャ神話をもとにグルックがオペラ『オルフェオとエウリディーチェ』を作り、それをパロディー化したのがオッフェンバックの『天国と地獄』。どんな作曲家だったのでしょうか。

O ベルリオーズなどとともに、19世紀フランスを代表する作曲家の一人でした。ヨハン・シュトラウスとも交流があり、ロッシーニを尊敬していたようです。

オッフェンバックは、オペラの『ホフマン物語』や、たくさんのオペレッタを書いていますが、いま上演されるのは四曲くらいしかありません。ものすごいインテリで、ギリシャ神話もよく勉強していて、『天国と地獄』は、うまい具合にそれを現代にもってきています。

ギリシャ神話という古い話がもとにあって、それを風刺して書いた、という要素をおさえながら、格調高い音楽を、わかりやすく親しみやすくして聴いてもらいたいです。神々による乱痴気騒ぎの大宴会で演奏される〈地獄のギャロップ〉は、運動会でよく聴くでしょう。あれも品格のある音楽なんですよ。

─ 『天国と地獄』は1858年の初演版と、1874年の大規模な改訂版もあります。今回は初演版でしょうか。

O 初演版でやります。よく知られているいい曲は加えていき、あの有名な序曲も当然、演奏します。最初に「あ、これ知ってる」という音楽が聴こえてきたら、ワクワクするでしょう。オペラやオペレッタはまずお客さんの心をガッとつかまないとね。

1800年代のフランスでどういうものが大衆に受けていたのかを、見せたい。エッフェル塔が建設された頃の時代です。

大植氏がプロデューサーをつとめる音楽イベント「大阪クラシック」より昨年度の最終公演から。毎年アンコールの最後に『八木節』を演奏し、はっぴを着用するのが恒例となっているそうだ。
© 飯島隆

─ ギリシャ神話のオルフェウスは、亡くなった妻を冥界から連れ戻す途中、神との約束に反して振り返ってしまい、望みを果たせませんでした。『天国と地獄』では夫婦は最初から浮気し合っていて、世間体だけ気にする仮面夫婦です。

O こういうオペレッタは、最初は、日本人にはちょっと難しいかなあと思いましたが、でも、うまくやれば、きっと楽しんでもらえます。夫婦が互いに不倫をしていても、舞台作品としては品を落とさずにやりたい。えげつなくしたらだめで、一線を越えてはいけないんです。そこ、気をつけます(笑)。

─ 先程から「品格」といった言葉がよく出ますね。実は、この喜歌劇を真に味わうポイントでしょうか。

O そうですね。芸術的に素晴らしいものを楽しく見せる。そんな、歴史に残るような、名演にしたいと思っています。

─ 東京フィルハーモニー交響楽団とは、ワールドツアーもご一緒されました。どんなオーケストラですか。

O ニューヨーク、パリ、ロンドンと、新聞に良い批評記事が出て、ツアーは大成功でした。特にストラヴィンスキーの〈春の祭典〉が絶賛され、どこへ行っても喜ばれました。東フィルはフレキシブルなオーケストラで底力があります。ちょっとヨーロッパ的な雰囲気のある楽団です。

─ 日本では平成から令和へ元号が変わり、節目の年になりました。改めて、上演への意気込みをお願いします。

O 古き良きものを現代に持って来て見せて、根付かせていけたらと、思います。ワーグナーも、バイロイト祝祭劇場の開幕記念に自ら指揮して演奏したのはベートーベンの第九でした。クラシック音楽家は時代に敏感であり、時代にあったものをやることが大事です。ぼくは日本で仕事をする場合は、日本人は今何を欲しているか、何が一番必要とされているかを考えます。新しい時代になって、ちょうどいいタイミングで、めったにやらないオッフェンバックを上演できるのがいいですね。

クラシック音楽はベートーベンやワーグナーだけじゃないですよ、こんなに素晴らしい作品があると、若い人に見せたいし、壁を崩したい。みんなで考えて、いいものを作って、楽しんでもらおうと、それを一番大事に考えています。

オッフェンバックという、曲を聴いたらわかるけど、あまり名前が知られていない作曲家に触れて、新しい発見をしてもらいたい。最高の音楽、舞台にしますから。2019年は、彼の生誕200年。再評価の年になるんじゃないでしょうか。

© 飯島隆

大植英次 Eiji Oue

大阪フィルハーモニー交響楽団桂冠指揮者、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー名誉指揮者。桐朋学園で齋藤秀雄に師事。1978年、小澤征爾の招きによりアメリカ・タングルウッド・ミュージック・センターに学び、同年ニューイングランド音楽院指揮科に入学。タングルウッド音楽祭で故L. バーンスタインと出会い、以後世界各地の公演に同行、助手を務めた。これまでにバッファロー・フィル準指揮者、エリー・フィル音楽監督、ミネソタ管音楽監督、ハノーファー北ドイツ放送フィル首席指揮者、バルセロナ響音楽監督、大阪フィル音楽監督を務める。2005年『トリスタンとイゾルテ』で日本人指揮者として初めてバイロイト音楽祭で指揮し、世界の注目を集めた。14年には東京フィルハーモニー交響楽団のワールドツアーを指揮し各国で絶賛された。東京二期会では13年『こうもり』を指揮しており二度目の登場となる。09年ニーダーザクセン州功労勲章・一等功労十字章受章。