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世界の歌姫二人、『蝶々夫人』を語る 大村博美×森谷真理 スペシャル対談

左:森谷真理/右:大村博美。二人は一昨年上演された東京二期会の『蝶々夫人』でもダブルキャストを務めている。プライベートでも仲良し。対談では友人同士のディープな会話を聞かせてくれた。

文字通り、世界を股にかけて活躍する二人のソプラノ。今年10月東京で上演予定の宮本亜門演出の『蝶々夫人』のタイトルロールを歌う。日本人演出家による東京発信の新しいバタフライ像について語ってもらった。

バタフライ〝あるある〟

―『蝶々夫人』の中でお二人が最もお好きな場面、箇所は?

森谷 自分が歌う箇所ではないんですけど、蝶々さんが出てくる前のピンカートンとシャープレスのデュエットあるじゃないですか。私、いつもあそこで泣くんですよね。

大村 分かる!真理さんも、そうなのね。もうそろそろ自分が出るところで。私もあの辺、ちょっと泣きそうになりながら出待ちしてる。あのアメリカ国歌のテーマが出てくる「アメーリカー、フォエバー」ってあそこらへんでしょ?

森谷 気持ちが高揚しますよね。何も始まってないのに。

大村 あのくだりを聴きながら感動でウルウルして、祈りながら舞台に出るって感じ。あのおかげで出ていく元気もらうというか。プッチーニの音楽がそうさせるんですよね。

森谷 本当にそう。

―最も歌手泣かせな点、あるいは最も難しい箇所は?

森谷 テクニック的にというよりも、体力勝負みたいなところでしょうか。一昨年、初めてやらせて頂いた時に、やっぱりバタフライって体力いるんだなって。特に二幕。三幕は意外と楽なんです。

大村 同感。確かにバタフライやっていると、全然太れない。かつらも衣裳も重いし、暑いし。

森谷 基本、加圧式トレーニングだと思ってます。いつもの倍ぐらい食べても、どんどん痩せていきますもんね。

大村 〝バタフライ・ダイエット〟よね(笑)

森谷 締めて締めて、みたいな(笑)。

二人が描くバタフライ像~人間味のある〝闘う女性〟

―蝶々さんは、ある意味ステレオタイプなイメージが定着していますが、お二人としては、特にバタフライ像に関してイメージや思いはありますか?

森谷 実は最近バタフライのキャラクターについてちょっと考えるところがあって…。いつも、さめざめ泣いてる人って、思われたくないなって感じているんです。この点、博美さんはどうなのかなと思って。

大村 そうよね。海外でも悲しい蝶々さんはあまり歓迎されなくて、むしろ、明るく、希望に満ちている姿が好まれる。もちろん悲しい時は悲しいけど、基本は明るくポジティブな女性っていう。だからこそ、特殊な世界の話じゃなくて〝あなた自身の日常にもあり得るストーリーなんですよ…〟って、一人ひとりにもっと身近に感じてもらえるんじゃないかな。

森谷 そのほうがシンパシーを感じやすいですよね。

大村 観ている人たちにも共感してもらえる人間的な蝶々さんっていうのがプッチーニも喜ぶんじゃないかなと思って。

森谷 その点、今回の亜門さんの演出ではどう捉えられるかも楽しみですよね。

大村 本当にそうですね。私は基本的に蝶々さんって闘う女性だと思ってるのね。その当時としては異質な存在だったわけじゃない。エネルギーと明るさがないとやっていけない。いい意味でポジティブな人だと思うのね。

森谷 ある意味で近代的な女性ですよね。

大村 先駆けみたいな。今でこそシングルマザーは応援されるべき存在だけど、当時、しかも外国の人との子なんていったらもう即ダメじゃない。だからこそ、明るく闘う女性でいなくては…みたいな。ちょっとジャンヌ・ダルク的なイメージがありますね。

2017年に東京二期会で上演された栗山昌良演出による『蝶々夫人』の舞台より。蝶々夫人を歌う森谷真理。 ©三枝近志

―そして、プッチーニは蝶々さんをとても感情豊かな女性として描いたと…。

大村 はい。悲しいことも嬉しいことも、普通の当時の日本人の女性では押し殺していたものもワーッと表現する人だったんだと思うんです。とっても感受性豊かで。
西洋の歌手たちは、蝶々さんていうと全く自分たちの中にない文化だから、大体は〝型〟から入るんですね。まずは日本的な所作を完璧に真似するところから、っていうのがある。それで、かなり完璧に〝日本の女性像〟を演じる。でも、個人的には、あまり型だけに頼ってしまうと、観ている人にとったら、〝きれいだけれど、私には関係ない世界だわ、何かよく分かんないし…〟みたいに、ちょっと引かれちゃうんじゃないか、なんて思ったりもしますね。

―生身の人間に感じられないですね。

森谷 話は飛ぶんですけど…、昨今はそんな感情の露出のかたちでさえ、演出コンセプトの一つになってたりする。以前、ロバート・ウィルソンという演出家と『椿姫』をやった時に、決められたジェスチャーの連続だけで、顔はずっと笑顔のままで、っていうんですね。それ以外に演技で感情表現をしないということを要求されたんですよ。声と音楽ですべてを表現するようにって。それってオペラ歌手として究極のゴールを求められている感じで…。でも、バタフライみたいに、いろいろなかたちで感情を表さなくてはいけない役を演じると、そんな経験も本当によかったな、って。

大村 プッチーニのオペラって、悲しい「ア」と嬉しい「ア」とは、声の表情が全然違います。ただきれいに歌うだけじゃなくて、心を込めて語ったことが、まるで聴衆一人ひとりに直に語りかけられているかのように伝わる。それがプッチーニの音楽の素晴らしさだと思うんですね。そうすると、ドラマの面白さもわかるし、人間としての生身の蝶々さんの魅力というのがさらに伝わると思うんです。

2018年プッチーニ・フェスティバル (イタリア、トッレ・デル・ラーゴ)での『蝶々夫人』公演より。蝶々夫人を歌った大村博美は観客総立ちのスタンディングオべーションを浴びた。 ©Festival Puccini

宮本版『蝶々夫人』への期待

―今回は宮本亜門さんの演出ということで、どのような期待を感じていますか。

森谷 私はオペラで何が一番好きかって、実は演出家とのかかわりなんですね。役作りの時、自分でこうしたいって思っていても、それを絶対に自分から言わないようにしてるんです。まず、まっさらな状態で演出家がどう作っていきたいかっていうのを聞いて、それを大切にしたいんです。
それで、今回はそういうイメージなんだとか、だったら自分のイメージをこんな風に、どれだけ近づけていこうかな…とかって、一生懸命考えたり。そういうプロセスが好きなんですよね。亜門さんとは、以前、リンツと日本で上演された『魔笛』でもご一緒させて頂いて、本当に大好きです。

大村 私は今回の『蝶々夫人』では、亜門さんにぜひ新しい蝶々さん像を創る冒険して頂きたいし、一緒に冒険させて頂きたいですね。

森谷 いろいろ試してみたいですよね。亜門さん、何かすごく面白いことをやってくれそうですよね。

大村 私も、すごくそんな気がしてます。

大村博美(おおむら ひろみ) ソプラノ

東京藝術大学卒業、同大学院修了。マルセイユ国立オペラ研修所修了。オペラコミーク、シャンゼリゼ劇場等に出演の他、モントリオールオペラ『オテロ』デズデーモナ、ローザンヌ歌劇場『ノルマ』題名役等国際的に活躍し、蝶々夫人はイタリアのプッチーニ・フェスティバルはじめ世界13か国の歌劇場、音楽祭で絶賛されている。近年東京二期会では『フィガロの結婚』伯爵夫人、『トスカ』『蝶々夫人』『ノルマ』各題名役に出演。本年夏にはプッチーニ・フェスティバル『トスカ』題名役出演予定。フランス在住。二期会会員 hiromiomura.com

森谷真理(もりや まり) ソプラノ

武蔵野音楽大学卒業、同大学院及びマネス音楽院修了。これまでにメトロポリタン歌劇場『魔笛』夜の女王はじめ27もの国内外主要歌劇場で『トゥーランドット』リュー、『愛の妙薬』アディーナ、『マリア・ストゥアルダ』『椿姫』各題名役、『ラ・ボエーム』ミミ等35役を演じる。東京二期会では『魔笛』夜の女王、『ばらの騎士』元帥夫人、『蝶々夫人』題名役を務めた。NHKニューイヤーオペラコンサート等コンサートへの出演も多い。今後は本年6月東京二期会『サロメ』題名役出演予定。小山評定ふるさと大使。ウィーン在住。二期会会員