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フランス国立ラン歌劇場総裁が語る『金閣寺』の魅力 『金閣寺』フランス初演大成功の余韻

今年3月、フランス国立ラン歌劇場において、
東京二期会オペラとの共同制作作品『金閣寺』がフランス初演された。
共同プロデューサーの一人、同劇場のエヴァ・クライニッツ総裁から
二期会オペラファンにメッセージが届いた。

エキサイティングな共同制作の現場

フランス国立ラン歌劇場と東京二期会オペラの共同制作作品『金閣寺』の初演は、大変好評を博しました。大成功と言っても過言ではありません。フランス国外からも多くの観客が訪れ、特に若い層の観客が初めて触れる三島の作品の世界観に心を揺り動かされたことでしょう。

もちろん、喝采の理由は、宮本亜門氏の演出にあることは言うまでもありません。しかし、成功の理由は一つの要素だけではなく、演出や美術・装置、そして衣裳・照明やプロジェクション効果などのすべてのセクションのスタッフ一人ひとりがベストを尽くし、一つの総合芸術としての形へと昇華させた結果です。背景に映し出される金閣寺の象徴的な姿は、ただ単にプロジェクション効果の優れた技術によるものだけではなく、照明効果の妙や、それを前にして歌い、演じるキャスト一人ひとりの力、それらすべてが一つとなって生じる魔法の力によって、よりいっそう力強く描き出されるのです。

日本文学に基づいたオペラ作品の上演は、私たちの劇場スタッフに多くのインスピレーションを与え、つねに私たちを奮い立たせてくれました。

例えば、ストラスブールで日本独特の衣裳を細部にわたるまで精緻に作りあげることは、大変困難な仕事でした。事前に宮本氏、衣裳デザイナーと充分に議論し合い、当劇場の衣裳担当者が色彩、パターン、素材を駆使して、様々な案を繰り出し、実際の製作に臨むという丹念なプロセスを経て、一つひとつの作品がようやく完成していきました。実際のステージ上では、異なったスタイルの衣裳をまとったいくつかのグループが、次々に登場するのをご期待ください。

主人公の放火犯、溝口の複雑な内面を描き出すかのように、彼の分身ともいえる存在が象徴的に寄り添い、ストーリー展開の軸を成す。

アルスモンド・フェスティバルと日本のオペラ

アルスモンド・フェスティバルは、昨年私が当劇場の責任者に就任した年から始まった新しい試みです。このイベントの大きな目的は、地域、国、そして海外のパートナーたちとのコラボレーションを通じ、世界の様々な地域の作品や芸術家たちに門戸を広げていこうというものです。世界中の歌い手、演出家、作家、作曲家が私たちの劇場に集い、密度の高い対話のプロセスを経て、互いにさらなるインスピレーションを喚起し合う。それはまた、国境や宗教、文化、国籍を超えて、“私たちをつなぐものは何なのだろうか”、一方では、“私たちを分かつものは一体何なのだろう…”、それらの行動や状況の根底にある原因または意図を探り、理解を深める機会でもあるのです。

『金閣寺』のオペラ上演にあたり、私たちはただ単に宗教や仏教寺院での若者たちの特異な生き様、そして日本の戦後社会の在り様を描くだけではなく、時代を生きる若者たちが抱く自分自身の実存的な苦悩ということに焦点を当ててみたいと思いました。

グロバリゼーションが進む現代社会では、私たちはつねに、柔軟であることが求められています。多くの人々が、生まれ育った場所から遠く離れて生活し、働き、そして学んでいます。それによって、各人が自らのアイデンティティを失い、どの世界に属しているのかを見失いつつあるのではないでしょうか。多種多様の言葉に日々触れ、外国の文化を知り、各国の伝統に触れる…。しかし、一方では、心のどこかで、自らに根差した文化を懐かしむ心を抱いているのです…。

つまり、私たちは多様な要素に満ちた“プリズム”を通すことによって、ようやく自らのルーツを、自らを認識することができるのです。おそらく、これこそが、日本人作曲家としてパリで学び、ベルリンで高く評価された作曲家黛敏郎氏自身が体験したであろうある種のインスピレーションなのです。

演出家、宮本亜門氏による現地での稽古風景。

衣裳や設えの製作においては、現地で二期会側とフランス側の間での念入りな議論が行われた。

『金閣寺』というオペラ作品の持つ音楽的魅力は尽きません。日本のオペラファンの皆様は、黛音楽の価値を十分に熟知されていると思いますが、今一度、異国の地で黛氏が思い描いた日本の美しさに思いを馳せながら、豊饒な音楽を堪能して頂けたらと思います。

フェスティバル開催期間中は、『金閣寺』オペラ上演のみならず、コンサート、リサイタル、展示会、討論会やシンポジウムや上映会など、様々なかたちのイベントが開催された。

エヴァ・クライニッツ
Eva Kleinitz
フランス国立ラン歌劇場総裁

ハノーファー近郊、ランゲンハーゲン生まれ。ザールランド大学で音楽学・心理学・伊文学を学ぶ。1991年よりブレゲンツ音楽祭を皮切りに演出家としてのキャリアをスタート。2003年より同音楽祭の芸術監督アドバイザリーを務める。06年よりベルギー王立モネ劇場の、そして2011〜12年、16〜17年の二度のシーズンにわたりシュトゥットガルト州立劇場で同ポジションを務める。
2013年には、43か国195の組織が加盟する欧州歌劇場・音楽祭協会“Opera Europa”の総裁に選出された(〜17年)。16年には、仏国立ラン歌劇場のマネージング・ディレクターに選出。17年より同歌劇場総裁を務める。