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オペラを楽しむ

〜二つの「サロメ」キャストインタビュー

城宏憲・池田香織

  • 写真・佐藤久
    文・宮本明

城宏憲

映画大好き。
ちょっとマニアックなオペラ界のニューヒーロー

「一番好きな映画は『ニュー・シネマ・パラダイス』。故郷の田舎を思い出すんです。僕の育った町には、以前は映画館がなくて、たまに休日に市民会館で上映会があると、あの映画と同じで、僕ら子供からお年寄りまで、町中の人が集まって、みんなが同じ空気の中で映画を観て全員で泣く(笑)。映画そのもののすばらしさを教えてくれたあの作品は何度観ても、自分の原点に立ち返れる気がするんです」

2016年、『イル・トロヴァトーレ』の主役マンリーコを歌って鮮やかに二期会デビュー。みるみるうちに人気若手テノールのトップランナーに躍り出たイケメンだ。東京藝大入学と同時に上京して驚いたのが、東京ではどこでも映画が見られることだった。

「映画館でもレンタルでも、片っ端から観まくりました。オペラと同じですが、さまざまなストーリーがあって、映画の中でいろんな体験ができる。戦争も恋愛も恐竜も。現在の自分の言動の源泉が映画の中にあると思います。映画を見て一度自分の中に溜め込んでおいたものを、ジャンルごとの引き出しからシチュエーションに応じて取り出しているような感じですね」

決して映画マニアではないというが、どうやら体系的に押さえてゆきたいというマニアックな征服欲を、ナチュラルに持ち合わせているようだ。大学時代、オペラのスコアをアルファベット順に片っ端から借りてきて、自分に合うテノール・アリアを探した。CD収集に凝った時期もあった。

「とにかく、とことん突き詰めてみたい。積極的に関わって、自分で答えを見つけ出したいんです」

どうやら、研究熱心はもとより、中学時代にバレーボール部の主将をやりながら駅伝にも挑戦したという生来のアスリート気質の表れでもあるようだ。

最近は自由に映画を観るのも難しいそう。

「新しい映画を見ることで演技を考えてしまったり、却ってストレスが溜まることもありますからね。歌うって、実は意外とストレスフルなんです。役のイメージがつねに自分を覆っているようで。だからそれを解放するために、“何もしない”ということをする。僕の手帳には、本番翌日は大きく“OFF”と書いてあるんですよ(笑)。OFFに何もしないこと。それも仕事なんです」

城宏憲(じょう ひろのり) テノール

岐阜県関市出身。東京藝術大学卒業。新国立劇場オペラ研修所修了。文化庁新進芸術家海外研修制度にて渡伊。東京二期会では『トスカ』『ノルマ』等数多く主演。第84回日本音楽コンクール声楽部門第1位及び岩谷賞、第8回静岡国際オペラコンクール三浦環特別賞、岐阜県芸術文化奨励賞。来年4月東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ『エロディアード』ジャンで出演予定。
二期会会員

池田香織

マイナス要素もウルトラ+に。
パワーあふれるオペラ界の智の女神

中高生時代は法医学を志していたというバリバリのリケジョ(理系女子)。その頃、出合った聖歌隊活動で歌に目覚め、声楽家を志すも大学では法学を学んだ。社会人になって航空会社勤務やアルバイトをしながら地道に歌のキャリアを築いて来た。遅咲きの苦労人でもある。

「でも、自分自身の中では絶対に『オペラ歌手になる』と確信していました」と歩んだ紆余曲折を振り返る。

元リケジョゆえか、家電大好き女子でもある。最近お気に入りは、ローランドのデジタル・オーディオ・レコーダーの最新機種R-07。高音質に加え、稽古場で離れた場所に置いたままスマートフォンからリモコン操作できるのが便利だそうだ。

自らを基本的にはヲタクだと言う。

「暇な時は家にこもって、コンサートのチラシやプログラムをデザインしたり、CDのジャケットを作ったり。だいたいパソコンに向かって作業しています」

プロのグラフィックデザイナーが行うような専門的な作業だ。

「裏方仕事が好きなんですかね。コンサート会場でお客様に気持ちよく過ごしていただけるには何が一番大切だろうかといつも考えています。どんなに良い演奏をしても、それ以外のところでマイナスがあったら台無しなんです」

チラシづくりもコンサートのもてなしも、客側の視点で考えるという点で、すべて演技や歌につながっているという。舞台の上の動きが客席からどう見えるか、歌に自分の思いを込めること自体よりも、それが聴き手にどう伝わるのか、客観的に目と耳で自分を見つめることが大切なのだと。その視点と思考は、2016年の『トリスタンとイゾルデ』でイゾルデ役を演じた際の演出家ヴィリー・デッカーにも高く評価された。

来年は、そのデッカーが演出する『サロメ』と、セミ・ステージ形式で上演される『エロディアード』で、ヘロディアスとエロディアードの二役、つまり同じ役を演じる。

「異なる角度から描かれてはいるものの、もともとヘロディアスというのがひどい女性なので(笑)、どういう切り口でもそれは変わりません。ならば、それをどう素晴らしくひどく演じてやろうか。二つ並べて経験できるのはとても楽しみです」

池田香織(いけだ かおり) メゾソプラノ

慶応義塾大学法学部卒業、二期会オペラスタジオ修了。近年のオペラ出演には、新国立劇場『ニーベルングの指環』でのヴェルグンデ、第二のノルン、びわ湖ホール『ニーベルングの指環』でのエルダ、ブリュンヒルデ等があり、ドイツオペラを中心に高い評価を受ける。東京二期会では2016年『トリスタンとイゾルデ』で難役イゾルデを演じ、喝采を浴びた。
二期会会員