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オペラを楽しむ

ダミアーノ・ミキエレットから日本のファンに贈るメッセージ (C)Luigi Caputo

11月公演『後宮からの逃走』の演出を手がけるギー・ヨーステン氏。メトロポリタン歌劇場はじめ欧米主要歌劇場でセンセーションを巻き起こしている。日本オペラ界デビュー作となる秋のプロダクションについて見どころを聞いた。

─いわゆる三部作と呼ばれる『フィガロの結婚』、『ドン・ジョヴァンニ』、『コジ・ファン・トゥッテ』というモーツァルトのメジャーなオペラ作品と、『後宮からの逃走』について、ヨーステンさんの中で、“つながり”や関連性は感じられますか。

はい、もちろんです。さまざまな共通点があります。いや“つながり”といったほうが良いでしょう。まず、複雑に絡み合う登場人物たちの感情の襞を見事に映しだした『後宮からの逃走』の音楽は、その後に続く※“ダ・ポンテ三部作”を彷彿とさせるものです。例えば、登場人物たちが、それぞれに愛とも嫌疑ともとれる思いを歌う(『後宮』の)二幕幕切れの四重唱は、『ドン・ジョヴァンニ』や『コジ・ファン・トゥッテ』のアンサンブルにも同様のものを感じとることができます。
 また、『コジ』に出てくる“絶望的な恋に落ちてしまった二組のカップル”、つまり4人の若者という登場人物は、『後宮』では他の人物に置き換えられています。ここに、セリムとオスミンという二人の個性的なプレーヤーが加わります。『コジ』で言うなら、デスピーナとドン・アルフォンソのような存在です。そして、他ならぬ彼ら二人のバイプレーヤーの存在が、両作品ともに4人の若者たちの恋路を翻弄し、良くも悪くも、若き恋人たちを成長させ、さらに互いの愛を深めるまでの導き手となるわけです。

─『後宮』は、一般的に“寛大さや慈愛”というようなフリーメーソン的なメッセージが強調されることが多いですが、モーツァルトがこの作品を通して伝えたかったことは何でしょうか? また、ヨーステンさん自身、どのようなメッセージを伝えたいですか?

確かに多くの人々がモーツァルトのオペラ作品にフリーメーソン的なメッセージを見出そうとします。私もそれを否定しません。フリーメーソンの理念では、“世界市民主義”、すなわちグローバルな視野で生きることが重要視されるわけですが、モーツァルト作品の中でも比較的上演回数の少ない『後宮』では、特に作品をよみがえらせる一つのカギになると考えています。
 今回の日本のプロダクションでは、作品が持つ象徴的なエキゾチシズムに惑わされずに、モーツァルトの抱く思いとして、このメッセージを伝えたいと思っています。というのも、この作品には、愛し合うもの同士が突然引き離され、見知らぬ世界で運命に翻弄される…、など様々な理不尽な状況が与えられており、それらがすでに“エキゾチック”な要素として描きだされているのです。
 この作品で根本的に問われるのは、そのような“異文化・異次元的”な体験が、「人として、人間同士の関わりや恋愛感情、そして成長過程において何をもたらすのか?」そういうことではないかと思うのです。それは、勇気を出して経験しなくては何も知り得ないものなのです。人生を揺るがすような未曽有の試練なり、運命なりを乗り越えたら、以前と同じ思いではいられないはずですよね。

『ペレアスとメリザンド』
デンマーク王立歌劇場
(C) Ken Howard / Metropolitan Opera
『ロメオとジュリエット』
メトロポリタン歌劇場(2005年初演)
METライブビューイングアンコール
東劇ほか全国4館にて
8~10月順次上映
『ラ・ボエーム』
ハンブルク州立歌劇場
(2006年初演)

─今回の演出のコンテクストでは、“セリム”という存在は何を意味するのでしょうか?

セリムは文字通り、エキゾチックという点において象徴的なキャラクターで、“エキゾチック”な出来事を引き起こす当事者です。何を語らなくとも、その威光はあまねく王国を照らす。
 奇しくも彼の懐に飛び込んでしまった4人の若者たちは、新しく特異な世界に興奮し、勇壮な欲望を抱きつつも、明日をも知れぬ不安に駆られる。彼らは、与えられてしまったこの“新しい体験”に、戸惑い、精一杯自問自答し続けるのです。そして、ついに彼ら自身の存在を問い、近しい人間同士の関係にも疑問を持ちだす。
 最後の最後でセリムは、自分の手の中にある彼らの命だって奪うことも出来たはずです。しかし、彼はそれをせず寛大にも自由を与えた。でも残念なことに、それも、彼ら、4人の若者の人生においては、束の間の喜びでしかないのです。後宮での幽閉生活を経て、強敵セリムにも対峙し、生還した彼らはもう以前の未熟な彼らではない。残念ながら、恋人同士の愛情も、人生も、もう元のものではないのですから。

─『後宮』の日本上演で、是非この点に注目してほしいということがあれば、教えてください。

この作品の頂点は、第二幕幕切れの4重唱にあると言っても過言ではありません。運命に翻弄された4人の若者たちが再会し、自由と愛を求め、危険も顧みず先に進むことを決意する。手筈は万全。もう後戻りできない…。彼らが選び取った道―それは、4人を待ち受ける試練の幕開けであり、辛く、厳しい、大人への成長の過程の一歩を踏み出したことを告げるものなのです…。

─過去の作品を振り返ると、2005年プレミエのMETでのグノーの『ロメオとジュリエット』の舞台は、カワイイファンタジーでいっぱいでしたね。あの舞台背景のギャラクシー(天球、宇宙空間)は、どこから着想を得たのでしょうか。

ハハハ。あれは、今思うと、ちょっとスイートすぎたかな。あのような“味わい”は大切にしたいですが、あそこまでスイートなものはもう二度とやらないと思います(笑)。着想は、他ならぬ「世界は舞台だ…」と言うシェークスピアの言葉から得ています。二人の恋人とシェークスピアの偉大なストーリーにふさわしい世界を生みだしたかったのです。

─日本のオペラ界初登場ですが、日本のオペラファンにメッセージをお願いします。

日本を始め、アジアの聴衆の皆さんのオペラに対するオープンな姿勢と寛容さに改めて感動しています。日本の聴衆の皆さんが、いつものオープンなマインドで私自身のモーツァルトへの思いや解釈を受けとめ、楽しんでいただけたら嬉しいです。

※ダ・ポンテ三部作~ロレンツォ・ダ・ポンテ台本によるモーツァルトのオペラ三作品『フィガロの結婚』、『ドン・ジョヴァンニ』、『コジ・ファン・トゥッテ』を指す。

聞き手・翻訳:朝岡久美子

ギー・ヨーステン
Guy Joosten

ベルギー生まれ。28歳でウィーンのブルク劇場にデビュー。今までに、ブリュッセル、ジュネーヴ、ロンドン(イングリッシュ・ナショナル・オペラ)、ウィーンのフォルクスオーパーとアン・デア・ウィーン劇場など、16か国以上、30のオペラハウスで、140以上ものプロダクションを手がけている。2005年には、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場にグノーの『ロメオとジュリエット』でデビュー。2017年のゲントにおけるテレマンの『オルフェウス』では、初のバロックオペラも手掛けている。「フランダース文化大使」賞他、多数受賞。