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オペラを楽しむ

三部作』キャストインタビュー

北原瑠美・樋口達哉

  • 写真・銭高幹子 文・室田尚子

北原瑠美

悩んだ「昨日」があるからこそ
大輪のソプラノが今、花開く

北原瑠美さんは、スラリと背が高く、華やかな容姿の美女である。彼女の音楽人生は、幼稚園時代から始まる。

「母が若いころ歌手を目指していたらしく、私にも音楽をということでまずはピアノを習い始めました。将来音楽の道に進みたいなと思っていたんですが、いざ大学進学という段になってむしろ歌が向いているのでは、と勧められて。」

千葉大学教育学部に入学後本格的に声楽の勉強を始め、東京藝大の声楽科に入学し直した。オペラに魅せられたのは、千葉大時代に聴いた『トゥーランドット』の録音だという。

「王子カラフをパヴァロッティが歌っていたんですが、とにかくその歌声に衝撃を受けました。と同時に、プッチーニの音楽の美しさに魅了されたんです。今、そんなプッチーニを自分が歌えるというのが本当に嬉しくてたまりません。」

オペラの魅力は歌とドラマ、という北原さん。なんと、子ども時代に児童劇団に在籍していて、NHKの大河ドラマに出演した経歴の持ち主でもある。

「《徳川家康》(1983年放送)で、織田信長の長女・徳姫の子ども時代を演じました。豊臣秀吉のオナラを笑い飛ばすシーンを覚えています(笑)。オペラの中で自分ではない色々な人の人生を演じることが大好きなのも、この頃の経験が生きているのかもしれません。」

そんな北原さんだが、ご自身の性格を「きちんとしているのが好きなA型」と分析する。スケジュールを決めてそれに従って動くのが好きで、逆に突発的な変更があると対応に苦心してしまうことも。その几帳面さゆえか、舞台デビューしてからしばらくは苦悩の時期が続いたという。

「体が変化していく中で一時期声がうまく出なくなってしまって…。運動をして体を鍛えなおしたり、歌から離れる時期を作ったりしたのですが、結局、歌のスランプは歌でなおしていくしかないと思いオーディションもどんどん受けるようにしました。そんな中でつかんだのが、宮本亜門さん演出の『魔笛』(2015年)の侍女役だったんです。」

自分が積み重ねてきたものを肯定されるという経験を通して舞台の楽しさを実感した『魔笛』は、彼女にとって大きな転機になったようだ。肩の力が抜けて、「これからも歌でやっていこう」と新たな決意を固めた。

そして今回プッチーニ「三部作」で、『外套』のジョルジェッタと『修道女アンジェリカ』のタイトルロールを演じる。

「ジョルジェッタは若い男性と不倫をしてしまう人妻ですが、現状から抜け出したいという気持ちは誰もがどこかに持っているはずで、そういう意味では等身大の女性だと思います。ミキエレットさんの演出は3作を通して“女性の人生”を描こうとするものだと伺っていますので、ジョルジェッタとアンジェリカの人生をどう関連づけていくのか、今から楽しみで仕方ありません。」

大好きなプッチーニが生み出した、リアルで等身大の女性像を演じる機は熟したに違いない。大輪のソプラノが花開く舞台は、もうすぐそこだ。

北原瑠美(きたはら るみ) ソプラノ

千葉県出身。東京藝術大学卒業、同大学院、二期会オペラ研修所修了。その後渡伊。
これまでに『コジ・ファン・トゥッテ』『ドン・ジョヴァンニ』『フィガロの結婚』等多数のオペラに出演。また『ロックオペラモーツァルト』『サクラ大戦ライブ 2013 紐育星組ショウ』等ミュージカルへも出演し、幅広く活躍。二期会デビューは2015年宮本亜門演出『魔笛』侍女Ⅰ、その後も日生劇場『ラ・ボエーム』ミミ等に出演している。
二期会会員

樋口達哉

進化の時を迎える
トップ・テノールの「今日」

『椿姫』のアルフレードに『ラ・ボエーム』のロドルフォ、そして『蝶々夫人』のピンカートン。樋口達哉さんがこれまでに歌ってきた役柄は、みんな軽やかで凛々しい声の「イケメン」たち。まさに二期会を背負って立つトップ・テノールにふさわしい役を歌い続けている。

「実は本気でオペラ歌手になろうと思ったのは音大を卒業した後なんです。高校時代までは歌よりお芝居の方が好きで、演劇鑑賞会に入っていました。大学生の頃も下北沢にある小劇場に通ったり、エキストラのアルバイトでテレビ・ドラマに出たりしていたんですよ。」

そんな「お芝居好き」の樋口さんは、「オペラではどんな人にでもなれるのが楽しい」と語る。特に最近のオペラでは動きの激しい演出もある。最高のコンディションで舞台に臨むためには、日々のメンテナンスが欠かせない。10年以上も個人トレーナーをつけて体幹トレーニングを続けている彼はまた、努力の人でもあるのだ。

今回樋口さんがプッチーニ「三部作」の『外套』で歌うルイージという役は、年上の人妻ジョルジェッタと不倫した挙句に殺されてしまう20歳の青年。新聞の三面記事を賑わせるような、生々しいドラマの登場人物である。

「ルイージに求められている声は決して軽いテノールではなく、雄々しくて重めの声。僕自身の声が、最近太く重くなってきたので、まさに今、歌うべき役柄なんだと感じています。」

樋口さんの声が、ここ1、2年の間に変化してきたことは、彼の舞台をずっと追いかけている人なら気がついているかもしれない。それがはっきりと表れているのが、昨年12月にリリースされたニュー・アルバム「あこがれ Ti adoro」だ。

「本当の意味で、年齢的なものと自分の声が合ってきたと同時にテクニックも変わってきて、皆様の前に出せるレベルの歌が歌えるという自信を持ってこうしたレパートリーに挑戦しました。樋口達哉というテノールがこれからはこういう役を歌っていくという宣言だと受けとめていただけたら嬉しいです。」

実は樋口さんは20代でイタリアに留学していた時に、先生から「君はヴェリズモ歌いだ」といわれたことがあるのだという。「ヴェリズモ」とは、19世紀末から20世紀はじめにかけてイタリアで流行したオペラのスタイルで、暴力や殺人事件などを題材にした、庶民のリアルなドラマが描かれる。たいへん演劇的なオペラということができる。

「僕が生まれて初めて感動したオペラは、マリオ・デル・モナコ(注・20世紀を代表する名テノール)が歌う『道化師』のアリア〈衣裳をつけろ〉でした。いつかはこういう歌を歌いたい、とずっと思い続けてきました。今回の『外套』も、プッチーニが書いた作品の中ではいちばんリアルなドラマが描かれていて、これぞヴェリズモという作品。いよいよヴェリズモを歌う時がやってきた、と思うと、嬉しい武者震いがしますね。」

9月の「三部作」の舞台では、「まだまだ進化の途中」と語る樋口達哉の新しいイケメンぶりが堪能できるにちがいない。

樋口達哉(ひぐち たつや) テノール

福島県出身。武蔵野音楽大学卒業、同大学院修了後ミラノに留学。ハンガリー国立歌劇場『ラ・ボエーム』で欧州デビュー。
これまでに東京二期会、新国立劇場、日生劇場等で数多くのオペラに主演し、いずれも非常に高い評価を得ている。「三部作」へは、東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ『ノルマ』ポリオーネに続く出演となる。2017年12月には3rdアルバム「あこがれTi adoro」をソニーよりリリース。
二期会会員