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初演100年を迎える プッチーニ「三部作」みどころと魅力に迫る~

外套 Il tabarro

パリのセーヌ川に停泊している荷物運搬船で生活する苛酷な労働者たちの人生模様が描かれる。初老の船長ミケーレは、年若い妻のジョルジェッタが近頃なぜか自分を避けていると感じている。ジョルジェッタはじつはミケーレの下で働く若い沖仲仕のルイージと不倫しているのだ。まだ暑さの残る息苦しい秋の夜、ジョルジェッタとルイージはマッチの灯を合図にあいびきを約束する。妻への不信を募らせたミケーレは、密かに不倫の相手が誰かを探ろうとする。暗闇のなかでミケーレが煙草に火をつけた。それを合図の灯と勘違いして姿を現したルイージ。ミケーレは彼の首を絞めて殺し、その死体を外套に隠す。続いて現れた妻にミケーレは死体を押し付ける。

修道女アンジェリカ Suor Angelica

女子修道院で神に仕える生活を送るアンジェリカだが、彼女には暗い過去があった。同僚の修道女たちは、貴族だったというアンジェリカについて、噂話をする。そこに彼女の伯母、公爵夫人が訪ねて来る。伯母は結婚するアンジェリカの妹に、亡くなった両親の財産を与えるので、書類に署名するよう冷酷に告げる。アンジェリカは伯母に、7年前に未婚のまま産み落とした坊やがどうしているか訊ねた。伯母は冷たく、2年前に伝染病で死んだと伝える。絶望したアンジェリカは覚悟を決める。薬草を飲み、神に許しを乞いながら自殺をはかる。その時奇跡が起こる。天使と共に赤子を抱いた聖母が現れ、アンジェリカは赤子に導かれ、息絶える。

ジャンニ・スキッキ Gianni Schicchi

13世紀のフィレンツェが舞台。大金持ちのブオーゾが息を引き取り、親戚たちが集まって大騒ぎしている。どうやらブオーゾは全財産を教会に寄付すると遺言したらしい。若者リヌッチョが遺言状を探し出したが、そこには教会に寄付すると書かれていた。そこでリヌッチョは、恋人ラウレッタの父である新来の市民だが知恵者のジャンニ・スキッキを呼びにやる。スキッキはブオーゾになりすまし、公証人を呼び、そこで新たな遺言を言い渡す。親戚たちにも少しの財産は分けるが、値打のあるものは全て「親友のスキッキに与える」と遺言。まんまと財産を一人占めしたスキッキは、最後に観客に向かって言う。「この悪行で、私は地獄行きになったのですが…」と。

プッチーニのなかでも、かなり特殊な構成をもった「三部作」。1918年12月にメトロポリタン歌劇場で初演されている。今年はなんと、その初演から100年目を迎える記念の年、演出界の鬼才といわれ、その斬新な切り口から多くのファンを持つダミアーノ・ミキエレットによる演出で、二期会は今年9月に「三部作」を上演することになった。

1910年にニューヨークで初演され成功を収めた『西部の娘』のあと、プッチーニは作曲する題材を求めて試行錯誤を続けていた。「三部作」という構想は、『トスカ』の完成直後からプッチーニの頭の中に浮かんでいたらしい。この頃から、ダンテの「神曲」から自由に脚色し、三つの作品を「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」としたいと、考えていたようだ。しかし、構想途中でウィーンから「楽しく、感傷的なオペレッタ」を依頼され、その作曲に取り掛かった。紆余曲折を経てその作品は『つばめ』として完成、1917年にモンテカルロで初演された。前作の初演から7年という年月が経っていた。

次の「三部作」最初の『外套』は、1913月年頃から手がけられた。1912年にパリでディディエ・ゴールドの芝居「外套」を観て、作曲を思い立ったのだ。それは1幕もので、パリの下層階級の労働者たちの悲劇的な人生を描いた、当時流行していたヴェリズモ・オペラ(現実主義)の系列に連なる作品だった。遠くにノートルダム寺院を望むセーヌ川に浮かぶ艀(はしけ、荷物運搬船)のなかで、不幸な殺人事件が起こる。主人公のミケーレは50歳の初老の男で、妻のジョルジェッタは25歳。その不倫相手の沖仲仕ルイージは20歳という設定。レオンカヴァッロの『道化師』と似通った人物設定で、今ならワイドショー・ネタとなる庶民的な“ありふれた話”だ。

『外套』デンマーク王立歌劇場での公演から

『修道女アンジェリカ』は、かなり特殊な作品だ。登場人物はすべて女性ばかりなのだ。舞台は女子修道院。かつて未婚のまま男の子を産んで、罪を償うために修道女になったアンジェリカが主人公だ。台本を書いたのはジョヴァッキーノ・フォルツァーノという劇作家で、彼は『ジャンニ・スキッキ』の台本も執筆している。閉ざされた修道院のなかでも、修道女たちは人の噂話をしたり、おいしい食べ物に喜んだりと、人間的な様子が生き生きと描写される。アンジェリカは7年間も誰も訪ねて来る人もいない不幸な女性だが、薬草に詳しい。この薬草で最後に自殺を図るのだが。音楽は崇高な雰囲気をたたえ、修道女たちの敬虔な祈りの音楽が心に沁みる。アンジェリカが別れた子供の死を知る場面では、感動的なアリア〈母もなく〉が切々と歌われる。

『修道女アンジェリカ』デンマーク王立歌劇場での公演から

最後の作品『ジャンニ・スキッキ』はプッチーニの唯一となる喜劇。「三部作」のなかでは、もっともよく上演され、親しまれている。とくに、ジャンニの娘ラウレッタが父に甘えて歌う〈ねえ、お父様お願い!〉と、ラウレッタの恋人リヌッチョが歌う〈フィレンツェは花咲く樹のように〉は、単独で歌われる機会も多い。ジャンニ・スキッキのエピソードは「神曲」の「地獄篇」にわずか数行出てくる逸話をもとにしている。降って湧いたチャンスを生かし、持前の知恵を駆使して、まんまと他人の財産をたなぼたで手に入れてしまったジャンニ・スキッキ。そのおかげで、結婚を親戚から反対されていたリヌッチョとラウレッタの若い恋人たちは、結婚にこぎつける。結果はハッピーエンドなので「神曲」では地獄に落とされたジャンニ・スキッキだが、オペラではおおむね愛すべき人物として描かれることが多い。

『ジャンニ・スキッキ』デンマーク王立歌劇場での公演から

ところで、「三部作」という構成だが、プッチーニ研究の第一人者モスコ・カーナ(1904−85)によれば、プッチーニがパリで観た「外套」を上演したグラン・ギニョール座の当時の流行形式に影響されたのではないか、という。その劇場では一晩に、恐ろしいもの、哀れなもの、滑稽なものの、3つの演目で構成されていたという。ところで「トリティコ Trittico」とは、宗教画でよく見られる、3つで1つの絵画になる3連祭壇画を意味する言葉。プッチーニは趣が異なる3作品を一晩で上演したいと願っていた。しかし、一晩に多くの歌手を必要とし、装置や衣裳などの費用がかかり、上演には4時間近くを要することもある。そのため、1作のみを他の1幕ものオペラと一緒に上演することが多い。しかし、今回二期会で上演するミキエレットの演出では、プッチーニの意向に沿って、3作品が一晩で上演される。その演出はさまざまな工夫とアイデアに満ち、全体が一つのストーリーになっている。この公演の指揮者はいまヨーロッパのオペラ界で大人気になっている、ベルトラン・ド・ビリー。古楽テイストを取り入れ、軽快でニュアンスに富み、シャープな切り口がド・ビリーの音楽づくりの特徴だ。

一晩で3つの対照的な作品を楽しめる、お得な「三部作」。初演から100年を迎えた2018年に、作品に新たな光が当てられる。なんと、一貫した流れを持つ作品として上演されるのだ。まさにミキエレットの才覚が試される公演であり、日本のオペラ界で大きな話題となる公演になるだろう。

文・石戸谷結子