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魔弾の射手』キャストインタビュー

嘉目真木子・小貫岩夫

  • 写真・福水託 文・室田尚子

嘉目真木子

前へ進むための一歩
「今日」の歌に全力投球

『魔弾の射手』で主人公マックスの恋人アガーテを歌う嘉目真木子さんは、現在二期会のソプラノの中でもっとも「波に乗っている」ひとりだろう。2010年にモーツァルト『魔笛』でパミーナを歌って鮮烈な二期会デビューを果たしてから、その後着実にキャリアを積み重ね、今では日本のオペラ界の中でも特に注目されるソプラノとして様々な舞台に引っ張りだこだ。「今、ノリに乗っていますね」というとこんな答えが返ってきた。

「デビューから時間もたち、これからは中堅どころの歌手へとステップアップしていく過程で大人の女性の役なども歌っていかなければならないと思い、あえて今の自分の声にとっては挑戦になるような役柄を選んでいます。」

そんな嘉目さんにとって、アガーテは「今、歌わなければならない役」だそうだ。

「『魔弾の射手』は、ジングシュピール(セリフのあるドイツの音楽劇)というジャンルに属する作品の中では、『魔笛』の次の段階に位置するものだと考えられます。私が歌手としての階段を登っていく上で、パミーナの次に歌うべきはアガーテだと感じたんです。」

「実はあまり大きな声で言ったことはないんですが」と前置きした嘉目さんが語ってくれたのは、「10年後ぐらいにはリヒャルト・シュトラウスを歌えるようになっていたい」という「目標」だった。なるほど、リヒャルト・シュトラウス作品へと至る過程に、ドイツオペラの歴史を拓いたといわれる『魔弾の射手』を置くのは理にかなっている。嘉目さんの歌い手としてのクレバーなセンスを感じさせる。

実際、彼女のパフォーマンスはいつも完成度が高いのだが、自身は意外にも悩んだり苦しんだりしながら役作りをしているという。

「新しい役に向かい合った時に、どうしても偉大な先輩方のパフォーマンスを元に“こうあるべき”というイメージを作ってそれに縛られてしまいがちなんです。そういう先輩方のように歌おうとするのではなく、どう“自分の役”に落とし込むか、ということについて常に考えています。」

そのための努力は欠かさない嘉目さん。最近、「歌える」体になるための体幹トレーニングにはまっているそうだ。またその他には、ドイツ語の発音を会得するためにドイツ語ラップを聴いたり、役の幅を広げるために演劇の舞台に通ったり…。そう、嘉目真木子という歌手は、とても真面目で、「歌ひとすじ」の人なのだ。

「学生時代から無趣味で、見るもの聞くものすべてが歌につながってしまうんです。そんな自分を少し変えたくて、最近は歌とは関係ない時間を意識的に持つようにしています。結果的にそれが、歌への集中度を高めることになるのではないかと思って。」

嘉目さん、それ、やっぱり歌のことしか考えてないです、と思わず指摘したらパッと頬を赤らめた彼女。「歌ひとすじ」の歌姫が変幻自在のすがたをみせてくれるのを、私たちはドキドキしながら待っていることにしよう。

嘉目真木子(よしめ まきこ) ソプラノ

大分県出身。国立音楽大学卒業、同大学院修了。二期会オペラ研修所修了(優秀賞)。文化庁海外研修員としてフィレンツェへ留学。
2010年東京二期会『魔笛』(実相寺昭雄演出)パミーナで本格的にオペラデビュー。以降東京二期会では宮本亜門演出による『フィガロの結婚』スザンナ、『魔笛』パミーナのほか、『パリアッチ』ネッダ、『こうもり』ロザリンデ等に出演。今後は東京二期会とフランス国立ラン歌劇場との共同制作『金閣寺』に日仏両国で出演予定。
二期会会員

小貫岩夫

歌手としての節目
「昨日」出会った作品で新境地を

2018年7月にウェーバー作曲『魔弾の射手』で主人公のマックスを歌うテノールの小貫岩夫さん。マックスは射撃の名手だがスランプに悩んでいて、7発中6発は思い通りのところに命中させることができるが残り1発は悪魔の望むところに当たるという禁断の「魔弾」に手を出してしまう。

「スランプに陥る、というところは僕ら歌い手と同じ悩みなので親近感を持ちます(笑)」とジョークを飛ばしてくれた小貫さんだが、実は『魔弾の射手』という作品とは浅からぬ縁があるという。

「僕は小中高とサッカー少年でしたが、大学でなぜか合唱を歌うグリークラブに入ったんです。そこで歌ったのが『魔弾の射手』に出てくる有名な〈狩人の合唱〉でした。」

グリークラブで歌に目覚めたことで、大学を卒業後、音大に入り直したのだから、『魔弾の射手』は「歌手・小貫岩夫」を生み出すきっかけとなった作品といえる。だが、「縁」はそれだけではない。

「音大を卒業後、文化庁の新進芸術家海外研修制度を利用して1年間イタリアのミラノに留学しました。その後帰国して歌手としての活動を始めた頃に、チョン・ミュンフンさん指揮の東京フィルハーモニー交響楽団による「オペラ・コンチェルタンテ・シリーズ」で『魔弾の射手』公演に参加しました。この時は合唱団のメンバーだったんですが、マックスのカヴァー役もさせていただきました。練習の時、ミュンフンさんの指揮でアリアを歌って大興奮したことを今でもよく覚えています。」

「歌に目覚めたとき」と「歌手として歩き始めたとき」。小貫岩夫さんの「昨日」の中で重要な節目に位置していたのが『魔弾の射手』になる。

ところで、小貫さんというと、二期会ではモーツァルト『魔笛』のタミーノなど、ドイツ語オペラの名手というイメージが強い。

「グリークラブではドイツ語の合唱曲をたくさん歌いましたし、最初に好きになった歌手がフリッツ・ヴンダーリッヒというドイツ人のテノールなんです。だから、歌い手としての根っこのところに、ドイツの作品があるんじゃないかと思います。」

『魔弾の射手』は、ドイツのロマンティック・オペラの扉を開いたといわれるほど重要な作品だが、日本で全曲が舞台上演される機会はあまり多いとはいえない。小貫さんはこの作品のことをどう考えているのだろうか。

「オーケストラも壮大で重厚な音楽が特徴です。マックスという役はテノールの声としては少し重いので、僕にとっては挑戦になりますが、気負わず、自分の声で表現していこうと思っています。」

今回のプロダクションは、ドイツの現代演出の鬼才、ペーター・コンヴィチュニーが手がける。「期待とプレッシャーが半分半分」と語る小貫さんだが、彼の歌手人生の節目にあった『魔弾の射手』をここで演じるということに、やはり何か大きな縁を感じずにはいられないようだ。この挑戦が“新しい小貫岩夫”を生み出すことを、期待せずにはいられない。

小貫岩夫(おぬき いわお) テノール

北海道出身。同志社大学、大阪音楽大学卒業。文化庁オペラ研修所修了。在学中に『魔笛』タミーノで、テオ・アダムら世界的歌手と共演しデビュー。この成功により同役でケムニッツ市立歌劇場に招聘された。
東京二期会の他、新国立劇場、びわ湖ホール等において多数のオペラで活躍。近年では、東京二期会『ウィーン気質』、日生劇場『フィデリオ』、兵庫県立芸術文化センター『椿姫』に出演。CD「いつも微笑みを~オペレッタ名曲集」をリリースしている。
二期会会員