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オペラを楽しむ

ノルマ』キャストインタビュー

大隅智佳子

  • 文・香原斗志 写真・若林良次

大隅智佳子

だれもが怖がる
ノルマという難役を、
演出の余地がないくらい
声で描いてみたい

ノルマは歌った経験があるソプラノのだれもが「怖い」と語る役だが、大隅智佳子も例外ではない。
「子供を殺すかどうか悩んだり、(恋人の)ポッリオーネが戻ってくるように試みて、それがダメだったときに反動で怒ったり、感情の波がリアルという以上にリアルで複雑」

しかも、そんな人物像をドラマティックに表現するだけではノルマにならない。
「ピアニッシモからフォルティッシモまで声の芯を保って、それがどの音域、どの音階でも続いているようにテクニックで支えないとオペラにならない。あのマリア・カラスでさえ、ちょっと調子が狂うと歌えなかったというほどです」

そんな特別な役を、大隅はこれまで2回、経験している。
「最初は学生時代に林康子先生のカヴァーを務めるという幸運な機会があったのですが、何度も歌っているはずの康子先生でも命がけのご様子で、ピリピリしていたのが強く印象に残っています。次に菊池彦典先生の指揮で、演奏会形式に近いものでしたが、通常のカットもほとんどない原典に近いかたちで全幕歌いました。だから、このベルカント最高の作品の難しさも怖さも知ることができました」

それだけに、二期会のオーディションは必ずしも自信をもって臨んだわけではなかったそうだが、幸い、合格してからは気力も体力もみなぎってきたという。
「いまは『ノルマ』のことしか考えていません。私の声の色はリリコまたはリリコ・スピントですが、学生時代からの先生にピアニッシモを意識するよう言われてきました。ノルマを歌う声、つまりソプラノ・ドランマティコ・ダジリタ(アジリタができるドラマティックなソプラノ)は私の目標なんです」

怖さを克服するモチベーションにも不足がない。また、自身のテクニックを慎重に守ってもいる。たとえば、2011年に二期会で歌った『サロメ』のタイトルロールは、歌い方次第では、ピアニッシモを駆使するタイプの歌い手には酷な役だが、
「指揮のシュテファン・ゾルテスさんは私の声の色を理解してくださり、“サロメを必ずベルカントで歌うように”と言ってくれました」

ところで、その『サロメ』を演出したのはペーター・コンヴィチュニーだったが、
「あの演出でヨカナーンは死にませんでした。サロメは首をとって喜ぶ不気味な女性ではなく、ゆがんだ純愛に耽っているにすぎない。でも、それこそがサロメの内的な真実で、そういうイメージをもつと通常の演出でも歌いやすくなります」

今度の『ノルマ』はセミ・ステージ形式の上演だから、そんな経験もノルマの心を深掘りするのに役立ちそうだ。
「指揮のリッカルド・フリッツァさんは音楽の作り方がすごく厳しいと聞くので、いまから緊張の嵐ですが、よい刺激を受けて必ずよい舞台にできるという予感があります。『ノルマ』は声、声、声というオペラ。演奏にすべてが入っているので、本当にしっかりと歌えれば、演出の余地さえなくなるほど。私も、そんなふうにしたいと思っています」

声ですべてを描く。これぞオペラの醍醐味である。

大隅智佳子(おおすみ ちかこ) ソプラノ

神奈川県出身。東京藝術大学首席卒業(安宅賞、松田トシ賞、アカンサス音楽賞)、同大学院修了。博士学位(音楽)取得。二期会オペラ研修所修了。
これまで東京二期会では、『エフゲニ・オネーギン』タチアーナ、『サロメ』題名役(以上コンヴィチュニー演出)、『イドメネオ』エレットラ(ミキエレット演出)に出演の他、日生劇場『メデア』題名役等でも高い評価を得る。二期会会員