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オペラを楽しむ

ローエングリン』キャストインタビュー

清水華澄

  • 文・香原斗志 写真・若林良次

清水華澄

客席にも毒を
落とすくらい、
稀代の悪女になりきりたい

豊麗でドラマティックだが、繊細な心情表現にも長け、そのうえ—である。清水華澄の歌唱の迫真性は、自分で「私は激情、憑依、没頭型」と語ることからもうかがえる。そんな彼女がオルトルートという、たぶんオペラで出会える最大の悪女を歌う。舞台を想像するだけで背筋が寒くなるではないか。

2016年2月、東京二期会の『イル・トロヴァトーレ』でアズチェーナを歌ったときも、
「没頭しすぎて危険でした。普段からアズチェーナになって精神状態もコンディションもギリギリになってしまったんです。でも歌うと大丈夫で、アズチェーナに導かれるように歌いましたけど、何カ月も引きずりました」

その調子で稀代の悪女に没頭したら、いかばかりだろうか。
「オルトルートは登場したときから悪を背負っている。そこを作りたいんです。私は舞台に立ったら100%その役になるのをモットーにしていて、そのためには彼女の人生がわからないといけない。こんなことがあったんじゃないか、こういうことが好きで嫌いなんじゃないか、と思いをめぐらせて役を作っていきます。どんな悪女も、最後は後悔したりするものですけど、オルトルートだけはそれもないのですよね。そこをお客様にどう思ってもらえるか。でも、人の心を操作できるのだから、魅力があるはずなのです」

かつての留学先はイタリアのボローニャで、その後も先の『イル・トロヴァトーレ』をはじめ、イタリアもので圧倒的な印象を残してきた。実際、しばらく前までは、
「ワーグナーの印象といえば“長い”(笑)。自分に歌えるとは思っていなかったんです」

ところが、ここ4年くらい、『ワルキューレ』のジークリンデや『パルジファル』のクンドリを歌うオファーが舞い込んだ。
「それには意味があるんじゃないかと思って跳びこんだんです。ワーグナーは健康的に歌わなければ全幕もたないから、いい勉強になると思って。歌ってみて、苦しかったけど課題も見つかって、学ぶよろこびも大きくて、新しい世界が開けましたね」

オルトルートはすでに昨年、新国立劇場でカヴァーを経験ずみだが、今度の公演には居ても立っても居られないほどの、特別な意味があるのだという。
「指揮が準・メルクルさん、演出が深作健太さんと知って、『ローエングリン』をどうやって作るんだろうとワクワクして、飛びついちゃいました。この二人の『ダナエの愛』に衝撃を受けましてね。登場人物がみなすごく自然に動いていて、それを邪魔せずに音楽が流れて、心から楽しめたんです。だから、二人の名前とともに『ローエングリン』と書かれているのを見て、“わーっ、歌えるじゃん!”って興奮してしまいました」

憧れの指揮者と演出家のもとで、激情、憑依、没頭—。
「オルトルートがもっと好きになりそうです。登場人物全員に毒を落としていきますけど、お客様にも落とすくらいにしたいですよね」

毒を落とされる覚悟で、劇場に向かったほうがよさそうだ。

清水華澄(しみず かすみ) メゾソプラノ

静岡県出身。国立音楽大学卒業、同大学院修了。新国立劇場オペラ研修所修了。文化庁在外派遣研修員及びローム ミュージック ファンデーション奨学生。
近年東京二期会では『ドン・カルロ』エボリ公女、『イル・トロヴァトーレ』アズチェーナ等主要な役を務める他、新国立劇場、日生劇場等でも活躍している。また、NHKニューイヤー・オペラコンサートにも出演。二期会会員