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オペラを楽しむ

翼に乗って音楽の世界を旅する望月哲也と飛行機の幸せな関係 文・室田尚子/写真・井澤孝浩

世界中を飛び回るオペラ歌手にとって、飛行機は身近な存在だ。ヨーロッパへ、アメリカへ、場所によっては10時間を超えるフライトもざらである。密閉された機内で長時間どう過ごすかに、頭を悩ませる人も多いのではないだろうか。しかしここに、「飛行機の中ですごす時間は何よりもリラックスできる」という人物がいる。モーツァルトを歌わせたら右に出るものはいないテノール、望月哲也さんだ。

 「大学3年生の時にイタリアを訪れたのが、生まれて初めての海外旅行。その後ウィーンに留学した5年の間、日本とウィーンを行ったり来たりする中で数え切れないくらい飛行機に乗り、すっかり飛行機好きになりました。」
 普通飛行機では、食事をして映画を見たら後は睡眠、という人が多いのではないかと思うが、望月さんは違う。寝ない。映画も観ない。ずっと窓の外の景色を眺めている。
 「実は僕、地図を見るのも好きなんです。地図で覚えた地形がはるか眼下に広がっているのを見るとワクワクします。」

 ヨーロッパ線など長時間のフライトの時は、お気に入りの歌手の録音を携帯プレイヤーで聴きながら楽譜に向き合うこともある。望月さんにとって、飛行機の中は下界よりもずっと集中できる空間のようだ。
 飛行機について語っている時の望月さんの瞳は、少年のようにキラキラと輝いている。今回の取材は成田空港に隣接する航空科学博物館で行われたが、取材中、窓の外を離着陸の飛行機が横切るたびに、「あれは○○航空の最新の機体」「あの尾翼が特徴的」と、ひとつひとつていねいに説明してくれた。その表情は、まるで最愛の恋人のチャームポイントを語っているよう。そう、望月さんにとって飛行機は、単なる趣味を超えた、文字どおり「大きな存在」なのだ。
 「実はマッハのスピードで飛んでいるのに、乗っている時に速度は感じないですよね。飛行機の中は、日常生活とは違って時間がゆっくりと流れている。だからリラックスできるのかもしれません。」
 舞台という、日常とは違う時間の中を生きるオペラ歌手にとって、飛行機は、こちらとあちらを結ぶ橋渡しの役割を果たしているのかもしれない。その橋を渡って音楽の世界へと入っていくとき、飛行機好きの少年は悩める王様や愛にあふれたヒーローへと変身するのだ。

航空科学博物館

〒289-1608 千葉県山武郡芝山町岩山111-3
Tel:0479-78-0557
Fax:0479-78-0560
http://www.aeromuseum.or.jp/

望月哲也 (もちづき てつや) テノール

東京都出身。東京藝術大学卒業、同大学院修了。二期会オペラスタジオ修了時に最優秀賞受賞。文化庁派遣研修員としてウィーン国立音楽大学で学ぶ。06年東京二期会とハンブルグ州立歌劇場との共同制作『皇帝ティトの慈悲』表題役(演出:P.コンヴィチュニー)で高く評価され、その後も新国立劇場、びわ湖ホール・神奈川県民ホール等に多数出演、絶賛されている。NHKニューイヤー・オペラコンサートにも連続出演。宗教曲の分野でも評価は高く、バッハ「マタイ受難曲」「ヨハネ受難曲」等のエヴァンゲリストには定評がある。最新CDは「ひそやかな誘い~R.シュトラウス歌曲集」。
二期会会員