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オペラを楽しむ

髙田万由子が語るロンドン市民の夏の楽しみ 音楽祭とピクニック 文・髙田万由子 R. シュトラウスの名作『ばらの騎士』がグラインドボーン音楽祭からやってくる!

美しい庭園で繰り広げられるグラインドボーン音楽祭はオペラファンの憧れ。
7月公演『ばらの騎士』を前に、優雅な英国流ピクニックについて、ロンドン在住10年となる、女優の髙田万由子さんに教えていただきました。

イギリスの天気の悪さは周知のことですが、なぜイギリス人はこうも野外でのイベントを楽しむのでしょう。ここぞと言う時には必ずといって良いほど雨が降るロンドン。例えば、2012年のエリザベス女王在位60年記念セレモニーの一環で、テムズ川で約700艘のボートのパレード、ダイヤモンドジュビリーロイヤルパジェントが行われた際も大雨。6月と言うのに凍えるほどの寒さでした。グロリアーナと名付けられた美しいボートに乗っておられるエリザベス女王を一目見たいと、寒空の中、子供たちを連れて朝8時から6時間もテムズ川沿いでパジェント(ボートの行列)を待ったことを覚えています。

また、昨年エリザベス女王90歳の誕生日の際、バッキンガム宮殿前のパルモル(宮殿前の大通り)で女王主催による1万人のピクニックを行ったときも朝からの大雨。ハンパーバスケットと呼ばれる藤で編んだピクニックバスケットに前菜から主菜、そしてデザート、ドリンクが詰められ、1万人に振る舞われたのですが、BBCの生中継を見ていても朝からの土砂降りで気の毒な位でした。雨の国だけあって、もちろん1万人分の雨合羽も周到に用意され、抽選などで招待された一般人たちは楽しそうにピクニックを行っていました。

国をあげて大きなイベントごとに、そのイメージを裏切ることなく雨が降るのです。というわけで、雨でキャンセルや延期をしていたら、何事も進まないのがイギリスなのです。

ロンドン育ちの我が家の子供達も、雨は「無いもの」として生活しています。土砂降りの中、体育の授業でサッカーやラグビーの試合が行われるのは日常茶飯事。運動会も遠足も雨でキャンセルになったことは一度もありません。ロンドンっ子は雨には負けないのです。傘も持たずに雨の中、街を歩いてゆく姿も良く見かけますが、イギリスに暮らす人は皆、雨は「無いもの」として生活しているのです。

ですから、野外ピクニックは天気予報を気にすることなく敢行されます。

グラインドボーン音楽祭にはドレスコードがあり、男性はタキシード、女性はイブニング。幕間にはシャンパンやワインを楽しみます。

有名なロイヤルアスコットでは、女王主催の競馬を見る為に、紳士はモーニングにシルクハット、淑女はひざ下丈のドレスに帽子着用と言うドレスコードが徹底的に守られています。その装いで、競馬開催時間の前に競馬場周辺の芝生の上でピクニックを行います。

ピクニックと言っても日本のお花見のような感覚ではありません。折りたたみ式テーブルに立派な背もたれ椅子を用意し、テーブルクロスをかけ、テーブルにはお花まで飾る本格派です。言い替えると、芝生の上の移動式高級レストランなのです。もちろん食器は純正チャイナ。グラスもいくつも用意され、シャンパンから始まり、ワインなど食事に合わせて昼間からお酒を楽しむのが英国流の※ポッシュなピクニックなのです。

ですから、ロイヤルアスコットも競馬目的と言うよりは、その雰囲気を楽しむために毎年訪れるイギリス人も少なくありません。何度かお誘いを受けて行ったことがありますが、その仰々しさに圧倒されつつ、ちょっと癖になりそうな雰囲気なのです。

日照時間の長い夏は野外フェスティバルのオンパレードです。特に5月から8月までは、湿度も少なくさわやかな清々しい晴天が続き、日没は夜10時近いので、夜7時頃から始まったコンサートが終ってもまだまだ明るいのです。

テントを持ち込んで、何日も寝泊まりしながら音楽を楽しむフェスティバルも各地で行われていますが、もちろん雨が降ってもおかまい無しです。

昨年の夏に、娘が仲間と3泊で行った音楽祭は、もちろん全員が雨合羽、長靴持参だったそうです。

夏はカジュアルな若者向けの野外音楽フェスティバルも沢山ありますが、淑女、紳士向けのポッシュなピクニックイベントも各地で開催されます。その中でもステータスの高いのはグラインドボーン音楽祭でしょう。

元々はソプラノ歌手であった愛妻の為に開催された邸宅での音楽会が、今ではロンドン郊外の夏のオペラとしては最大のイベントとなっています。ドレスアップした淑女をエスコートする紳士とともに、昼から邸宅の庭である大きな芝生スペースでピクニックを行いながら、邸宅のまわりにいる羊や馬を眺めてのどかな時を過ごします。美味しいものを食べ、おいしいお酒を飲んで、素晴らしいオペラを観るなんて、これ以上の贅沢があるでしょうか。

グラインドボーン音楽祭に毎年通うことを楽しみにしていると言うイギリス人の友人は、「これこそ人生の喜び。こうして人生を楽しまなくちゃ!」と嬉しそうに話すのでした。

グラインドボーン音楽祭の生まれたロマンティックな背景を味わいつつ、美味しい食事とオペラを堪能できる素敵な夏の一日は私の憧れです。イギリスに住んでいる間に、いつか家族で行ってみたいと思っています。その際には、どうか雨が降りませんように……。

※ポッシュな=「posh」上流階級の、豪華な(イギリス英語)

グラインドボーン音楽祭とは…

1934年に貴族で資産家だったジョン・クリスティによって創設されたオペラ音楽祭。ジョンが、妻でソプラノ歌手のオードリーのために、ロンドンの南80キロの場所にある敷地内に、座席数300のオペラハウスを建てたことがはじまりとされる。

代々クリスティ家が主催にあたり、音楽祭理事長は、現在ジョンの孫のガスに引き継がれている。国の補助に頼らない私的音楽祭としての特徴を守りつつ、若手歌手の育成に努め、小劇場の利点を活かした斬新な演出でも知られている。

演目としては、特にモーツァルトのオペラが有名であるが、その他に、ブリテン『ルクリーシアの陵辱』『アルバート・ヘリング』の初演を行っている。

特に風物詩として名高いのは、広々としたマナーハウスの芝生で繰り広げられるピクニックだ。着飾った紳士淑女が、大きなバスケットと、折りたたみ式のテーブル、椅子を持参し、クロスをかけて、優雅でゴージャスなピクニックを楽しむ。その他、敷地内にはレストランもあり、食事をとることもできる(要予約)。

photo by Leigh Simpson

photo by Sam Stephenson

@Glyndebourne Productions Ltd.