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オペラを楽しむ

蝶々夫人』キャストインタビュー

森谷真理・今井俊輔

  • 文=山野雄大

(C)武藤章

森谷真理

ようやく歌える時期がきた、
と感じる蝶々さん
深くナチュラルに演じたい

7月の『ばらの騎士』元帥夫人、そして10月『蝶々夫人』ではタイトルロール、とソプラノとしての魅力や巧緻を存分に輝かせる森谷真理。メトロポリタン・オペラ『魔笛』での大成功をはじめ、専属歌手をつとめたリンツ州立劇場ほか欧米各地で活躍、古典から現在の新作オペラまで数々の舞台に立ってきた彼女は、

「『ばらの騎士』ではこれまでゾフィーを歌っていましたが、今回初めて元帥夫人を歌わせていただきます。年齢によって役が変わっていくのも歌手の醍醐味ですね」と微笑みながら語る。

「元帥夫人役には精神的な成熟が求められますし、若いゾフィーとの関係もあって大べテランが歌うことも多いのですが、もともとの設定では30代前半の役なので、今の自分にも合っていると楽しみにしています。何十回も出ている作品だからこそ、作品の難しさも分かっています。どんな生き方をしてきたのか、歌には人生がすべて出てしまいますし」

ところが『蝶々夫人』は「今回が初めてです」とは意外だ。

「2006年にデビューした当初は欧米各地からこの役のオファーが来ていたのですが、自分も若かったですし、蝶々さんを歌う前に他に歌いたい役もあったので……。でも数年前、〈そろそろ蝶々さんを〉と思う時期が来て、歌の先生と相談しながら、今までやってきたことにひと区切りをつけながら新しいレパートリーへ……と考え、蝶々さんを歌う機会を探していたのです」

「いろいろな役の中でも〈自然に演じることのできる役〉があって、蝶々さんはそれですね」と頷く。

「今まで演じた中でも、その役の、さまざまな状況での感情やリアクションを追究したのは『椿姫』。逆に自分の中からわき出てくる感じがしたのはツェルビネッタやゾフィー。これは私の性格に拠るのかも知れませんが、蝶々さんも、どの場面(シーン)でもその在り様について迷いがあまりないんです」

プッチーニのオペラでも

「『トゥーランドット』と『蝶々夫人』は大好きなオペラでよく観に行きますが、一幕の蝶々さんが登場するシーンでもう泣けてくるんです。しかし蝶々さんは日本的ではない激しさ・強さも持ち合わせていると思います。私は長く海外に住んでいますが、自分の中の日本、欧米文化の影響を受けている自分……それらが混在しているからこそ、欧米人から見た日本、そして彼らが作りあげた日本人女性である蝶々さんに親近感を覚えるのかも……」

これまで『蝶々夫人』について教えを受けた先生はすべて「海外のかたでした」という森谷だから、作品に対してフラットに入れるのかも知れない。

「あとは演出家の先生のご指導をお待ちして……。蝶々さんは、キャラクターとしては私たちがイメージする日本人女性ではないと感じますが、栗山先生の『蝶々夫人』を拝見したとき、日本で創られた日本の演出家による舞台はこれほどに〈和〉を美しく表現するのか……と感嘆したのです。所作や色づかいにきっちりと〈日本〉が出ているこの舞台に、ぜひ出演させていただきたいと思いました」

森谷真理(もりや まり) ソプラノ

栃木県出身。武蔵野音楽大学大学院及びマネス音楽院修了。レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場『魔笛』夜の女王で大成功を収め、他にも『椿姫』や『マリア・ストゥアルダ』タイトルロール等、欧米の主要歌劇場で活躍。国内では『リゴレット』ジルダ、『夏の夜の夢』ティターニア、『魔笛』パミーナ、『後宮からの逃走』コンスタンツェで好評を博す。今後は5月三河市民オペラ『イル・トロヴァトーレ』レオノーラ、夏に『ばらの騎士』に出演。ウィーン在住。
二期会会員
marimoriya.com

今井俊輔

オペラの世界へと
扉を開いた作品で
個性を生かしつつ、
難しい役に挑戦する

「これも本当にやり甲斐のある役ですね……とても嬉しいです」と喜びを噛みしめる今井俊輔。2月の『トスカ』スカルピアに続いて10月の『蝶々夫人』ではシャープレスを歌い、バリトン歌手として是非にという2役でその実力を大いに発揮することになる。

彼がオペラの舞台上演を初めて生で観たのも、実は『蝶々夫人』だったという。もともと水泳競技を続けながらインストラクターやライフセイバーをつとめ、歌の世界へ転身したという異色の経歴を持つ今井は、東京藝大声楽科に入るまでオペラの知識はまるでなかったというが、

「2006年に上演された二期会の公演を観て、号泣したんですよ。[シャープレスを歌った]直野資先生は凄いし[ピンカートンの]福井敬先生も凄いし……。直野先生が手紙のシーンを淡々と進めながらご自分の音楽を創っていく、その後、蝶々さんが死ぬのも判っていながら……またそこからが!舞台も綺麗で〈あぁここに立ちたい!〉と思いました」

生のオペラ公演の魅力にはまってしまい、数々の名舞台に通いながら自身も真摯にオペラ修業に励み、イタリア留学で錬磨を重ね……オペラ歌手として活躍を広げるいま、歌の道を歩き始めた頃に心深く震わせた『蝶々夫人』の舞台に立つ。

「シャープレスは3度目になります。初めて歌った時は年齢的に自分よりも上の役だったので、感情的にも難しかったのですが……」と振り返りつつ、

「シャープレスは〈いい人〉なんですが、ただの優しいおじさんではなく(笑)、闇を持っていたりもするのかなと感じます。彼は領事という自分の立場も守らなければならないし、[蝶々さんとピンカートンの]結婚に対しても“気をつけなさい”と注意はするのですが、本気で止めようとするのなら他の言い方があったはず。最後も、蝶々さんが自害するのも分かっていたでしょうし……」

美しい日本娘に情熱を燃やしたピンカートン、その純愛を信じた蝶々さん──このふたりに対して、領事シャープレスは両者の感情を知りながら、一歩引いたところで現実を見据える立場にいる存在。だからこそ、感情表現の精妙なバランスが重要だ。

「手紙のシーンでまったくオーケストラの音がない〈間〉、言葉が出るまでの時間をたっぷり大切にしたいですし、第3幕でもスズキに対して自分の感情を出しすぎずに諭す、落としどころを探すのが演者としての快感になるでしょうね(笑)」

『蝶々夫人』でも、幸福・待望・絶望……という悲劇の展開のなか、主人公たちの傍に立ち続けるシャープレス。バリトンの深みある声質に託されたこの役の存在感ひとつで、他の役の印象も動かしていくはずだ。

「自分と違う性格に入っていける〈演技〉はとても好きです。作品の時代背景や地理などしっかり調べ、登場人物たちの性格を考えたうえで演技するのですが──舞台に出る前には、イメージの中に鏡をつくって自分を投影してみるんです。物語当時の衣裳の重みから顔つき、骨格まで想像して鏡に映し……その鏡を通って舞台へ出ていく」

自身の個性を生かしつつ、シャープレスを生ききってみせる。その精緻な舞台に期待しよう。

今井俊輔(いまい しゅんすけ) バリトン

東京藝術大学声楽科首席卒業。同大学院修了。第19回松田トシ賞、アカンサス賞、同声会賞を受賞。同声会新人演奏会、読売新人演奏会出演。東京二期会には、2013年『マクベス』(P. コンヴィチュニー演出)タイトルロール、2017年2月『トスカ』スカルピアに出演、10月『蝶々夫人』シャープレスに出演予定。リサイタルも意欲的に開催。
二期会会員
imaishunsuke.jimdo.com