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自然の中でこそ気づく、あるべきすがた今もっとも輝くメゾソプラノ 小林由佳の原点 文・室田尚子/写真・福水 託 撮影協力・酢飯屋

スラリとした長身に屈託のない笑顔。ケルビーノやオクタヴィアンといったズボン役がこれほど似合う人も珍しい。そんな小林由佳さんへのインタビューは、文京区にある「酢飯屋」で行われた。可能な限り現地に足を運び選んだ食材を、交流のある作家の手による器で供するこだわりの寿司店だ。
 「元々お寿司はそれほど好きじゃなかったんですけど、たまたま知人がフェイスブックに載せている写真を見てビビっときてしまって。自然の食材もそうですが、店主の岡田さんのお寿司に対する愛情が伝わってくる。だから食べると幸せになるんです。」

 小林さんの「自然」へのこだわりは食から始まり旅に続いている。時間を見つけては海や山を訪れるようにしているそうだ。最近では、ザルツブルクの湖めぐりで食べた「ヤウゼ」というワンプレート料理が忘れられない。チーズやハム、山わさび、トマト、卵が乗ったオープンサンドのようなもので、山歩きをしている時に美味しく感じたのは「体が欲していたから」だと語る。
 「自然の中に行くと、人間が“本来あるべきすがた”というのがよくわかります。自然の美には必然性がある。木々の緑も、蝶の羽の模様も、すべて意味があり調和がとれています。私はどうしてもすぐ頭で考えてしまうんですが、考えすぎても答えは出ないよと自然が教えてくれている気がします。」
 国立音楽大学声楽科から大学院に進み、とんとん拍子で歌い手への道を進んできた小林さんに転機が訪れたのはイタリア留学時。そこで出会った師匠のテノール歌手 ジュリアーノ・チャンネッラ(Giuliano Ciannella)に言われたひとことがきっかけだった。
 「最初のレッスンで、“由佳は声にも容貌にも恵まれている。ある意味テクニックも持っている。けれど楽しんで歌っていない。まず自分のために歌え。”と言われ、床に突っ伏して号泣してしまいました。私はうまく歌いたい、喜んでもらいたいと思って練習を重ねてきたんですが、そもそも目的が違っていたんです。そこを指摘された。まずは歌を愛すること。私が師匠から学んだのはそれでした。」
 歌い手がその音楽にどれほどの愛情を注いでいるかは、聴き手にも必ず伝わってくる。小林由佳さんの歌を聴いて幸せな気持ちになるのは、彼女の歌への愛の大きさゆえだろう。そしてそれは、「自然」という「命あるもの」に触れ合うことで生まれてきている。

 「自分が美味しいとか、楽しいとか、きれいだなと思うものには共通点があって、“生きている”感じがするんです。生きていることの喜び、そして命への愛…そこから音楽が、芸術が生まれているということにようやく気づいた今日この頃です。」
 「歌は愛だ」ということを、その素晴らしい声で私たちに伝えてくれる小林由佳さんのこれからに期待はふくらむ。

小林さん自らが撮影したという風景のかずかず。息をのむほど青く美しかった八重山の海は、もう一度訪れたい場所のひとつ。

酢飯屋

オーナー岡田大介さんが25歳の時に立ち上げた。食材から器に至るまで岡田さんが実際に足を運び、目で見て納得したものを直接仕入れている。その徹底ぶりは、これぞという海苔に出会う前は海苔を使わないお寿司を提供していた、というほど。客層は30代から50代が中心で、女性だけのグループも多いそう。「お客様に必ず一つ学んで帰っていただきたい」という言葉は、仕事に対する自信の表れだろう。ランチ、ディナー共に完全予約制。

〒112-0005
東京都文京区水道2-6-8
03-3943-9004 www.sumeshiya.com
ランチ:12:00~13:30/ディナー:平日18:30~22:00 土日18:00~21:00
不定休 ※完全予約制(夜は紹介制)

小林由佳 (こばやし ゆか) メゾソプラノ

茨城県出身。国立音楽大学卒業、同大学院修了。二期会オペラ研修所修了。文化庁海外研修員として渡伊。東京二期会、新国立劇場で、『ナクソス島のアリアドネ』作曲家、『蝶々夫人』スズキ、『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・エルヴィーラ、『ホフマン物語』ミューズ/ニクラウス、『イドメネオ』イダマンテ等を演じている。本年7月『フィガロの結婚』ケルビーノ、10月新国立劇場京都鑑賞教室『フィガロの結婚』に出演。来年3月新国立劇場『ランメルモールのルチア』、東京二期会7月『ばらの騎士』オクタヴィアンに出演予定。
二期会会員