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オペラを楽しむ

ばらの騎士』キャストインタビュー

幸田浩子・妻屋秀和

  • 文=岸 純信

幸田浩子

R・シュトラウスの音楽は
とどまることのない時のかけら
その瞬間を愛おしいと思う

変わらぬ凛とした歌いぶりで、オペラ界のスターであり続けるソプラノ、幸田浩子。『ばらの騎士』のゾフィーは自他ともに認める当たり役。〈銀のばら献呈の二重唱〉で超高音に登りつめる際の爽やかさなど、格別のものだろう。

「どうしましょう(笑)。歌うたびにワクワクします。ただ、この前楽譜を開いて二重唱のその一節を目にしたとき、“天上界に在るようなこんな難しいフレーズ、今までどうやって歌ってきたの?”とうなだれました(笑)。でも、積ませて頂いた経験がありますから、改めて作品を俯瞰した上で、ゾフィーがどういう役割を果たすのか、じっくり考えて取り組みたいです」

声音や人となりの初々しさと、華々しい経験値とが不思議なバランスで共存する幸田。『ばらの騎士』の美点をさらに訊ねてみた。

「まず、二重唱のそのフレーズは“聖なるもの”の象徴ですし、ハイソプラノならではの音色が効果的だと思いますが、パート全体では中音域のふくよかな響きも要求されます。『ラ・ボエーム』のミミのような献身的な心をそこで示しながら、超高音域では“無垢なる幸せ”を感じさせる……本当に難しい役ですね。ただ、『魔笛』の夜の女王など、歌うたびに“モーツァルトは酷い。歌い手のことを考えていない!”と思うのに比べると(笑)、R・シュトラウスは、本当に歌手を、声を分かって書いてくれたと納得できます。だからこそ、彼は歌曲もあんなにたくさん書けたのでしょう」

ゾフィーが歌うメロディで一番好きなものは?

「献呈の二重唱も第3幕の美しい三重唱も好きですが、それに続くオクタヴィアンとの優しい二重唱も大好き。ふんわりとした浮遊感に包まれて、二人が幸せの真っただ中にいるけれど、うっすらと不安も感じさせるような音作りです。“めでたしめでたし”だけにしていないのね……ゾフィーは賢い少女であり、賢いと自負もし、心の強さも備えています。ただ、硬質の強さなので脆く崩れる瞬間があるかも。それだけに、この後どんな風に人生が進むか分からないと感じつつ、今は二人きりの幸せな瞬間を祈るような気持ちで過ごしている。そこがこのオペラの真実なのかしら……R・シュトラウスでは他に『ナクソス島のアリアドネ』のツェルビネッタを歌いましたし、『無口な女』もいつか演りたいですが、彼の音楽の魅力は、何より“音の色彩感、音のうねり”でしょう。和声がどんどん変化してゆく中で、キラキラした響きと豊かなうねりに包まれます」

ウィーン生活も長い幸田。『ばらの騎士』の世界観に今思うことは?

「貴族の方が“良いものを残す”ことに傾注され、お城も風景も大切にして次代に伝えたいと腐心される姿が印象に残っています。『ばらの騎士』の登場人物も、その種の価値観を共有するような愛おしい人々ですし、最後にはそれぞれの道を歩み始めるという温かいオペラでもありますね。ご覧いただくと元気になれる作品です。会場でお待ちしています!」

幸田浩子(こうだ ひろこ) ソプラノ

東京藝術大学首席卒業。同大学院、オペラ研修所修了後、渡欧。ローマはじめ欧州の主要歌劇場に次々とデビューし、ウィーン・フォルクスオーパーと専属契約。帰国後はパミーナ、ジルダ等で好評を博す。BSフジ「レシピ・アン」メインMC。CDも多数リリース。五島記念文化財団オペラ新人賞、エクソンモービル音楽賞洋楽部門奨励賞受賞。
二期会会員
http://columbia.jp/koudahiroko/

妻屋秀和

新しい考え方、エッセンスも加わって
―バス歌手は、50歳になって
スタート地点に立つといわれます

バッソ・プロフォンド(深々と響くバス)の大物として、オペラ界の第一線をひた走る妻屋秀和は、イタリアに留学後、ドイツ、オーストリア、英国など欧州各国で舞台に立ち続けた華々しいキャリアの持ち主。役柄への探求心が人一倍強いこの名歌手が、『ばらの騎士』のコミカルな敵役、オックス男爵の魅力をじっくりと語る。

「毎回、どのような立場の役を演じるにしても、キャラクターをまずは自分自身に置き換えます。“このシーンで、自分ならどんな風に行動するかな?”と考えながら、役柄を自分に取り込んでゆくのです。オックスの人柄は一般的に“爵位を持っていて好色で豪放磊落。でも金はなくて落ちぶれかけていて……”と纏(まと)められがちですが、そこでこちらが“なら、落剝した貴族像を演じよう”と決めてかかると、おかしなことになってしまう。オックス自身は、落ちぶれた現状を他人に示したいわけでもないでしょう?」

なるほど。つまりは、演じる人物の人生行路を想像しつつ、舞台での演技に背景として繋げるということ?

「そうですね。オックスは、オーストリア貴族の血筋を受け継ぐ自分は、財政力をバックに称号を貰うファーニナルとは全く違う階層に居ると思っています。だから、未来の舅なのに見下した感じで接しますが、道外れたことをそんなにやっているわけでもなく、自然児として気ままに振る舞う男。悪気はないのです」

その悪気の無さは、現代のウィーン人が持つ「古都のプライド」に通ずる気質のよう。

「ウィーンで、土産物屋の年配の店員さんと会話した際に、彼女が興味津々で訊ねてきました。“貴男はドイツ語上手いですね。でも、発音が凄くドイツ的よ(Sie sprechen sehr gut Deutsch, aber Ihr Deutsch ist sehr deutsch!!!)”面喰らいましたよ! ドイツ語を喋って、発音がドイツ的って指摘されるとはね(笑)。でも、彼女は悪気なくそう言ってのけました。ウィーン人は言葉と歴史に強い誇りを抱いていますが、それは、自負でも自慢でもなく“当たり前の境地”なんです。ザクセン地方に長く住む自分には、オーストリア訛りがニャーっとした平坦な感じに聴こえますが、その店員さんは“ドイツ語といってもね、文化や歴史の中心はウィーンにあるのよ”と言いたげでした」

それと同じく、周囲には強引に見える行動様式も、オックスにはごく自然なもの。そのポイントは、オペラの音作りにも窺(うかが)えると妻屋は語る。

「低いド、低いレと出てきて大変ですが、R・シュトラウスは“敢えて低い音を入れよう”としたのではなく、男爵の気分の移り変わりに添って、そのような最低音に落ち着くフレーズを盛り込んだようです。オックスは憎めない男。歌にも柔らかくホンワカとした境地がありますし、元帥夫人に諌(いさ)められると見事な退き際も見せますね……今の僕は50代に突入しましたが、歌手同士でよく“バスは50歳でやっと声の準備が整う。だから、そこで仕事も声も失っていなければOK!”とジョークを言い合うんですよ。今回の『ばらの騎士』の指揮ヴァイグレ氏とは、ベルリン州立歌劇場で『サロメ』をやったことがありますが、演出のリチャード・ジョーンズ氏は初めて。オペラ歌手としての自分の新たな出発点になればと願っています!」

妻屋秀和(つまや ひでかず) バス

東京藝術大学卒業、同大学院修了。第24回ジローオペラ賞、第3回ロシヤ歌曲賞受賞。ライプツィヒ歌劇場及びワイマールドイツ国民劇場の専属歌手を務め、日本でも新国立劇場、びわ湖ホールを始め多くの劇場で活躍。これまで出演したオペラは60余作、演じた役は80役、公演数は800を超える。2017年7月東京二期会『ばらの騎士』オックス男爵にて出演予定。ライプツィヒ在住。
二期会会員