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オペラを楽しむ

自然体こそ心地よく歌い続けるための秘訣 希代のバリトン 直野 資 文・室田尚子/写真・福永 託 撮影強力・東京文化会館

 現在、二期会でたびたび公演監督も務めるバリトン歌手直野資さんは、数十年にわたって、文字どおり日本のオペラ界を牽引してきた存在である。インタビューにあたっては「大御所」に失礼のないように、と少々緊張していたのだが、実際にお目にかかってみるとその気さくでチャーミングな人柄に一気に魅了されてしまった。

 今回見せていただいた、ヴェルディとプッチーニを描いた巨大なタペストリーは、元々はNHK のニューイヤーコンサートで舞台に飾ってあったパネル。終演後、譲り受け、ずっと東京藝大のレッスン室にかけていたそうだ。「作曲家の思いをいただきながら歌うのは、何よりもいい勉強になる」という理由からだが、レッスン室に入ってきた学生たちは、さぞ身が引き締まることだったろう。そして、退官記念にパネルを模写してくれる人がいてタペストリーに仕立てられた。

 直野さんが、二期会のプッチーニ『トスカ』でスカルピアを歌ったのは1991年。その時指揮をしたブラジル人指揮者トゥリオ・コラチョッポに招かれて、サンパウロ市立歌劇場の舞台に立つ。あこがれの偉大なバリトン歌手、ティッタ・ルッフォ(※)が歌って有名になったグリーンの座席がある劇場だ。23時間の長旅を経てサンパウロに着くと、すぐに稽古が始まったという。

 「その時トスカを歌ったのはウルグアイ人のプリマドンナで、カヴァラドッシはアルゼンチンの若いテノール。みんな発声練習なんかしないで歌い始めるんだ。歌が体から自然に出てくる。話している状態からそのまま歌い始める。これが現実だと感じ、うれしかった。」

 その経験から、音楽にとって何よりも大切なのは「ナチュラルであること」だと痛感したという直野さん。現在でも、学生にレッスンするときには発声練習はしない。

 「こうでなければならない、というのは歌にとっては厄介だ。いかにシンプルに歌うか、という境地に行きつければ、それがいちばん楽なこと。もちろん、オペラだから特殊な役はあるけれど、歌うということに焦点を当てれば、どんな役もみんな同じだよ。」

 だから、直野さんはジンクスを持たない。よく、本番前にはこれをする、とか、これは飲まないといったルールを課している歌手がいるが、直野さんは一切やらないそうだ。確かに、ジンクスを作るとそれに振り回されてしまうし、もしできなかった時には精神的に大きなプレッシャーになる。何よりも「ナチュラル」を重んじる直野さんならば、余計なジンクスはかえって邪魔になるのだろう。

 そんな直野さん、お好きな食べ物はという質問に「牛肉!」と即答。本番の日は、朝300グラムのリブロース・ステーキを食べていたそう。

 「まあ、一種の健康のバロメーターになっているんだよね。スッと食べられるときは調子がいい(笑)」

 300グラムを食べられるだけでもすごいと思うのだが、「体が要求するものを食べるのがいちばんいい」という。なるほど、体の声に従うことが、健康の秘訣なのだ。

 来年2月、スカルピアその人になりきるであろう直野さんの歌声を聴くのが待ち遠しい。

※ティッタ・ルッフォ Titta Ruffo
本名 Ruffo Cafiero Titta(1877年6月9日~1953年7月6日)。
イタリアのバリトン歌手。驚くほど響く声量と強烈な表現力で、ライオンとか獅子の異名も。録音も残している。

直野さんが大切にしているプッチーニ(左)とヴェルディ(右)のタペストリー。東京二期会がヴェルディのオペラを上演した際、指揮者A.バッティストーニが書き入れたサインも。

直野 資 (なおの たすく) バリトン

東京藝術大学首席卒業(安宅賞受賞)。日演連ソニー新人賞受賞。同大学院に学ぶと同時にイタリアへ留学。国立パルマ・アリーゴ・ボーイト音楽院を首席で修了。二期会創立40周年記念『シモン・ボッカネグラ』タイトルロール、藤原歌劇団『椿姫』ジェルモン、『アイーダ』アモナスロの好演により第21回ジロー・オペラ大賞受賞。ブラジル・サンパウロ市立歌劇場にて『トスカ』スカルピアを歌って大成功を収める。数多くのレパートリーを持ち、ドラマティックな演唱で国内外のファンを魅了し続ける。2017年2月東京二期会『トスカ』スカルピアに出演予定。
二期会会員