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オペラを楽しむ

トスカ』キャストインタビュー

木下美穂子・城 宏憲

  • 文=山口眞子

木下美穂子

世界中で活躍を続ける木下がプッチーニの
音楽から読み起こし作り上げるトスカとは

 現在、ヒューストンを拠点に世界的な活動を続ける木下美穂子。来年2月の『トスカ』ではタイトルロールで二期会の舞台に登場する。

 「トスカは特に難役と言われるので不安もありますが、それ以上に演じる事ができる喜びの方が大きいのです」

 木下は以前、『トスカ』の舞台ローマにも住んだ。だから、より身近な作品だろう。

 「やはり『トスカ』は特別なオペラです。ローマで初めて観たオペラも、夏の野外劇場での『トスカ』でしたし、いつもバスで通る場所にサンタンジェロ城があり、電車でチビタヴェッキアを通る度に、ここからトスカは逃げようとしたのだと思いました。ローマのあらゆる場所でトスカを感じることが出来たのです」

 そんな木下の描くトスカ像は、「ローマの女性なので気質が激しく、オペラ歌手である華やかさも身に纏う女性らしい人物」だが、その女性らしさの中には、「非常に繊細な部分、可愛らしい部分、そして果敢な部分など、あらゆる女性らしさが潜む」
 こう分析する木下は、十八番の蝶々夫人をはじめとして、様々な女性を世界各地で演じている。

 「同じプッチーニが描いた女性として、トスカも蝶々夫人も『トゥーランドット』のリュウもそれぞれ芯が強く、凛として素敵ですが、トスカはその質が少し違うように感じます。トスカを通して、私が感じるものを演じたい。同時に、プッチーニの音楽には全てが書かれているので、楽譜から読み起こしたトスカ像に自分自身が歩み寄り、作り上げたいとも思います。そんな意味でも、イタリア人指揮者ルスティオーニ、演出家アレッサンドロ・タレヴィと仕事をするのは楽しみです」

 そのルスティオーニとは2014年の東京二期会公演『蝶々夫人』で共演済み。「とにかく素晴らしい指揮者」と絶賛する。

 「音楽が停滞することなく常に流れ、生きているのです。これまで何十回も歌ってきた蝶々夫人でしたが、新鮮でした。人柄もチャーミングで、現場の雰囲気も良い緊張感の中でとても良かった。これから世界の音楽界を担って行く指揮者です。再共演に今からワクワクしますね」

 そう語る木下もローマ、ニューヨーク、そしてヒューストンと、「その時その時を一生懸命過ごした結果」、ずっと海外で活躍。ヨーロッパとアメリカでは仕事の仕方も、聴衆の反応も全く違い、戸惑うこともあったらしい。

 「自動車免許もアメリカで取得しました。劇場によってはレンタカーを1人1台渡されて、自分でリハーサル、本番に来るように言われる。最初は共演者やスタッフに乗せてもらっていましたが、自分のペースやコンディションを守るためにも免許は必須だと感じ、3年前に取得したんです」

 現在、母親の顔も増えた。「時間が3倍速に感じるほど忙しい」が、周囲の協力を得て、仕事と子育てを満喫している。

 「産後一ヶ月半で復帰しましたが、NYのコーチは、今後少しずつ声が変わっていくかも、とも言っていましたので、それはそれで変化が楽しみです」

 さらに、昨年はCDデビューをも果たした。

 「是非この今を録音したいという思いがあり、一枚目はほぼオペラアリアでしたので、次回はスペイン歌曲や日本歌曲なども、チャンスがあったら。」

 大きく広がりを見せる木下美穂子。トスカに木下自身の女性像が重なるようだ。

木下美穂子(きのした みほこ) ソプラノ

鹿児島県出身。2005年度新日鉄音楽賞「フレッシュアーティスト」賞、06年第16回出光音楽賞受賞。東京二期会、新国立劇場の他、米国、カナダ、英国、イタリア等で『蝶々夫人』タイトルロール。今後は10月大阪フィルでヴェルディ「レクイエム」、11月ソフィア国立歌劇場で蝶々夫人、来年2月に東京二期会でトスカを演じる。ヒューストン在住。
二期会会員
www.mihokokinoshita.com

城 宏憲

優美さと力強さを兼ね備えた
自身の中にあるイタリアを表現したい

 2015年第84回日本音楽コンクール声楽部門第1位及び聴衆賞を受賞、その翌年2月、『イル・トロヴァトーレ』で代役の重責を成功裡に果たし、印象的な二期会デビューとなった城宏憲。テレビ番組にも準レギュラーで出演するなど、その勢いは飛ぶ鳥を落とすものだ。

 「決して順風満帆ではなかったんですよ。2015年春、『イル・トロヴァトーレ』のオーディションで選ばれず、悔しい思いで臨んだのが、その年10月の日本音楽コンクールで、実は3度目の挑戦でした。漸く優勝できました。少しずつ階段を上ってきた気がしますね」

『イル・トロヴァトーレ』マンリーコ役は、オーディションのために準備していたとはいえ、イタリアオペラ屈指の難役だ。終演後、同世代の指揮者バッティストーニは城の肩を抱いて、「マンリーコ役を代役で歌うだけでなく、これがデビューで成功するなんて聞いたことがない!」と称えた。

 そんな城は共に体育教師という両親の元に生まれ、中学時代は冬は駅伝部、夏はバレーボール部のキャプテンとして活躍。その一方でバンドを組み、「人前に立つことが好きだったので」ボーカルを担当していたという。ところがある日、テレビCMで聴いた三大テノールの声に衝撃を受け、突然「オペラ歌手になる」と決意。舞台への階段を上ることとなる。

 こうして夢を実現させた城の目標は、優美にして力強い声と演技。これは歌手としての人生目標でもあるという。

 「プッチーニのスピント寄りといわれる役は、軽く柔らかく、そして力強く歌いたい」

 そう熱く語る城は、来年2月公演『トスカ』のカヴァラドッシに抜擢された。

 「画家カヴァラドッシは美にも優しさにも敏感な反面、革命家としての力強さもある。つまり僕が求めるものを表現できる作品なのです」

 『トスカ』に向けて、城にとってのイタリアを熟成させているとも語る。

 「僕のイメージするイタリアは音が乾き、響きに満ちている。優美さと力強さ=パワー&ビューティは、音色の中にもあり、乾いた響きの中の甘さ、色、香りなどの違いを自分の中で練り上げ、自分のイメージを絵のように表現したい。『トスカ』は僕にとってこれ以上ないキャンバスなんです」

 指揮は城と同世代の、イタリアの三羽烏の一人ダニエーレ・ルスティオーニ。「共演が楽しみ」と目を輝かせる城だ。

 そんな『トスカ』ではカヴァラドッシとスカルピアとの対比も面白い。そのスカルピアを演じるのは城にとってキーパーソンだという直野資。彼らの「対決」も興味深い。

 「日本音楽コンクール本選で歌った『ノルマ』も『カルメン』も実は実際にオペラの舞台で歌ったことがありました。その両オペラに関わっていらしたのが直野先生。その先生に〝君は二期会に必要な人物だ〟とおっしゃっていただき、『イル・トロヴァトーレ』のオーディションを勧められた。僕はその時、先生に男同士の友情を感じて、入会を決断した。こうして、今の自分があるのです」

 将来は故郷で音楽フェスティバルを開催できたら・・・そんな夢も語る城宏憲。多方面にわたり、今後の活躍を期待できる、頼もしい大型の新星だ。

城 宏憲(じょう ひろのり) テノール

岐阜県出身。東京藝術大学卒業。新国立劇場オペラ研修所修了。文化庁新進芸術家海外研修制度にて渡伊。2012年サイトウ・キネン松本への出演を機に帰国。二期会には今年2月『イル・トロヴァトーレ』マンリーコ役の急遽代役でデビュー。リリコ・スピントの声質を持ち味に、ドラマティックな演技、端正な舞台姿で注目されている。
二期会会員
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