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『トスカ』はプッチーニのオペラのなかでいちばん美しい 指揮者 ダニエーレ・ルスティオーニに訊く Photo by Davide Cerati

プッチーニのオペラで一番美しい

 What one likes, one will do well.

 いきなり英語で恐縮だが、このことわざは、日本語の成句にきれいに置き換えることができる。「好きこそものの上手なれ」。好きなものこそ自然に上手になるというのは、古今東西における普遍の真理だ、ということだろう。

 ダニエーレ・ルスティオーニ(34)に好きなオペラはなにかと尋ねると、「ヴェルディの『オテッロ』とプッチーニの『トスカ』、それにR・シュトラウスの『サロメ』とワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の四つです。『トスカ』は私が最も好きなイタリアオペラのひとつで、プッチーニのオペラのなかでいちばん美しいと思う」

 という回答。2014年の『蝶々夫人』でも、作品の全体像をしっかりと俯瞰したうえで、オーケストラからきわめて清澄な音を引き出し、物語を雄弁に語らせていたけれど、そんなに好きであるなら、演奏水準はいったいどこまで高まることだろうか。いきなりワクワクしてくる。

 ここは『トスカ』の魅力について、もっと語ってもらうほかない。

 「プッチーニの傑作のなかでも、『ラ・ボエーム』はパリのオペラで『蝶々夫人』は日本が舞台なのに対して、『トスカ』はまさにローマのオペラ。それぞれの場面が、スカルピアの執務室があるファルネーゼ宮殿から、トスカが身を投げるサンタンジェロ城まで、1800年におけるローマの具体的な場所と強く結びついています。そして、強烈な嫉妬からスカルピアの肉欲的な愛まで、非常にイタリア的なロマンティックな情熱が詰まっている。イタリア人のプッチーニだからこそ、こうした情熱を作品のなかにうまくバランスさせることができたのだと思います」

 たしかに、強烈な感情のもつれあいの末に、主役3人がすべて死んでしまう『トスカ』は、濃密な感情のるつぼである。だが、ほかにも際だった部分が多いとルスティオーニは語る。

 「『ラ・ボエーム』は集団によって構成され、『蝶々夫人』は主役頼みなのに対し、『トスカ』はその中間で、個人と集団がうまくミックスされています。また、『蝶々夫人』はほとんどが屋内で展開する室内オペラで、『ラ・ボエーム』も第二幕を除けば、屋根裏部屋などで進行する室内オペラといえますが、トスカには室内的な部分と屋外的な部分の双方があって、スケールが大きい。そして、音楽そのものは軽く書かれていても、オーケストレーションはまるでストラヴィンスキーのようで、大交響曲を思わせる壮大さがあります」

 そうであれば当然、指揮をするのもより難しいことだろう。

 「そうですね。歌手たちの声を聴かせるためには、オーケストラが爆発しすぎてはいけません。ともすると簡単に声が覆い隠されてしまうので、指揮者は敏感になります」

 すると、あとは二期会の歌手たちと東京都交響楽団を、いかに理想的にまとめあげられるか、手綱さばきが問われることになるだろう。

 「私はオーケストラを表情豊かに響かせつつ、きちんと声を聴かせます。東京都交響楽団にはそういう柔軟性があります。また、『蝶々夫人』でご一緒した木下美穂子さんは、美しくてよく響く声はもとより、声で演じる能力があり、美しいレガートに感情をこめることができる。それを土台にして美しいトスカを表現できそうです。樋口達哉さんもドラマティックな声が魅力ですね。ほかの歌手についても、二期会から声の情報を事前にもらっています。『トスカ』では、声を鋭く発することよりも、強い感情をこめて伝えることが重要です。ベッリーニのような美しく清潔なフレーズを表現することより、言葉に情熱を込めるべきなのです。それができる歌手が日本に多いのを、私は知っています」

絶対的な様式感

 ところで、ルスティオーニはイタリアの若手指揮者「三羽烏」の一人とされている。だが、残りの二人、今年二月に東京二期会でヴェルディ『リゴレット』を指揮したアンドレア・バッティストーニ(29)、ボローニャ市立劇場の首席指揮者などを務めるミケーレ・マリオッティ(36)とくらべ、レパートリーが広く、偏りがない。

 私は2012年、イタリアのペーザロでロッシーニのオペラ『ブルスキーノ氏』を、ルスティオーニの指揮で聴いた。リズム感に富みながら端正でシャープで、ロッシーニらしさがあふれていて、「いいロッシーニ指揮者が現れた」と感じたが、同じ年の秋にミラノのスカラ座で『ラ・ボエーム』を聴くと、実にロマンティックで、プッチーニらしいではないか。そのとき「この指揮者には、作品ごとの様式を描き分ける絶対的なセンスがある」と強く思わされた。

 その能力は、いったいどのようにして培われたのだろうか。

 「私はミラノに生まれ、小さいときからスカラ座の合唱団に所属し、15歳でジュゼッペ・ヴェルディ音楽院に入りました。その後はシエナのキジアーナ音楽院でジャンルイージ・ジェルメッティに、続いてロンドンでアントーニオ・パッパーノらに学びました。その中で、時代や作曲家によるスタイルの違いを徹底的に学んだのです。やはりイタリア人指揮者はロッシーニ、ヴェルディ、プッチーニというイタリアの異なったレパートリーをそれぞれ、異なった様式で上手に指揮できなければいけないと思います」

 しかも、ルスティオーニの持ち味はイタリア音楽にとどまらない。来年はリヨン国立歌劇場の首席指揮者に就任するため、フランスのレパートリーにも意欲的だし、ロシアの歌劇場の指揮者を務めた経験から、ロシアものも得意だ。実際、先日行われたコンサートで指揮したチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」は、実にロマンティックで、緩急や明暗のコントラストが鮮やかな名演だった。

 「完璧な演奏家はドイツやロシア、フランスの作品も指揮すべきなのです」

 そう語るルスティオーニの2017年の予定は、オペラだけ見ても、メトロポリタン歌劇場やパリ・オペラ座など錚々たる歌劇場で、ヴェルディ、プッチーニ、ロッシーニ、そしてワーグナー、R・シュトラウスと多岐にわたっている。そして、様式的にも幅広い作品に取り組んでいればこそ、それぞれの作品の全体像を俯瞰できる眼と耳が養われるのだろう。

 ルスティオーニが、さらに一歩、前進しそうな理由がもうひとつある。

 「昨年6月20日に、ヴァイオリニストのフランチェスカ・デゴと結婚しました。それまでも10年間一緒にいたので新鮮ではないとはいえ、いつも演奏旅行の連続で、孤独なことが多い指揮者としては、家という“中心”ができるのはありがたい。安定した場所を得て、私の演奏もまた違ったものになっていくかもしれません」

 最後に『トスカ』の話に戻ろう。

 「演出を担当するアレッサンドロ・タレヴィとはよく一緒に仕事をしますが、この『トスカ』はとても情熱的に作られている。ローマ歌劇場で制作されたローマの人のための、ローマと非常に結びついた美しい舞台です」

 豊かな国際性を身につけた人こそが、地方色に富んだ魅力を引き出せる。それもまた、古今東西における普遍の真理だといえるだろう。

文・香原斗志

ダニエーレ・ルスティオーニ
Daniele Rustioni

1983年生まれ。30歳にして彼の世代の世界で最も活躍する指揮者の一人。2008年1月、若干24歳にして、サンクト・ペテルブルクのミハイロフスキー劇場において、リリア・カヴァーニ演出のマスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』を指揮して、聴衆・批評の絶賛を博し、首席客演指揮者に就任。日本においては14年4月東京二期会『蝶々夫人』にて好評を博す。11年トスカーナ管弦楽団の首席客演指揮者、13年バーリのペトルッツェーリ劇場の音楽監督、14年からはトスカーナ管弦楽団の首席指揮者に就任。17年からはリヨン国立歌劇場の首席指揮者に就任予定。