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オペラを楽しむ

母として、歌手として、輝き続けるために 山下牧子の大切にしていること 文・室田尚子 写真・本多康司 撮影協力・Restaurant 8ablish

 働く女性にとって、結婚・出産・育児は大きなテーマである。結婚後も仕事を続けたい女性は多いが、子供を持つかどうかの選択、持ったとして育児と仕事のバランスをどう取っていくか、それらすべてをひっくるめたパートナーとの関係作りなど、悩みは尽きない。それは、オペラ歌手とて同じこと。今や、日本のオペラ界になくてはならないメゾソプラノである山下牧子さんもまた、仕事と家庭を両立させる女性のひとりだ。「生活の95パーセントが母親業」と言い切る山下さんだが、娘・茉利亜さんの存在が音楽家としての自身にも大きな影響を与えているという。
 「出産するまでの私は、どうやったらコンクールを通過できるか、人より上にいけるか、ということしか考えていませんでした。いつも急いでいて、前しか見ていなかった。それが茉利亜という特性のある娘を授かって、音楽家として大きく成長させてもらいました。」

 2歳の頃、茉利亜さんに障害があることがわかった。これまで自分の力で頑張って生きてきたからこそ、お嬢さんの存在を受け入れることができなかった。外に出ると他のお子さんと比べてしまうので、母娘二人で家にこもって泣いてばかりいた時期もあったそうだ。
 そんな時、仕事に行くと、音楽がそれまでとは違った輝きをもって迫ってきた。音楽がある場にいること、それ自体が幸せで、音楽は「救い」だと感じられた。
「音楽を楽しいと感じれば感じるほど、子供のことを好きだという気持ちも強くなっていったんです。」
 同じ時期に、茉利亜さんと同じような特性を持つ親子さんたちと知り合う。ああしようこうしようと考えるより前に行動するお母さんたちの姿を見て、そういうお母さんたちをモデルにしていこう、と考えた。周囲の人とコミュニケーションをとり、娘さんととことんつき合うことで、どんどん視野が広がっていった。
 最近、こんなことがあったそうだ。お腹の中にいた時のことを覚えている、という茉利亜さんにどうしてママのところに来たのかと尋ねると、「ママ、走ってたから。走らなくてもいいように来たの」と答えたのだ。
 「上や前しか見えずに走り続けていた私が、娘のおかげで横や後ろが見えるようになりました。彼女は本当に、私を選んで生まれてきてくれたのでしょう。」
 一方で、「子供がいないとわからない、ということはない」とも言う。
 「私は、子供がいないと学べない人間だったから娘を授かったのだと思います。子供がいなくても、人は親や友人、パートナーなど大切な人との人間関係を通して学んでいける。特に音楽家は、ドラマティックな人生を送る人たちが登場する世界で生きています。想像力という翼がある限り、埋められないものはないと思います。」

 そんな山下さん、9月には『トリスタンとイゾルデ』でブランゲーネ役を歌うことが決まっている。イゾルデ役は同じメゾの池田香織さん。
 「努力の末にタイトルロールを勝ち取った池田さんの持つエネルギーに、自分のエネルギーをまっすぐに投じることが私の役割。存分にイゾルデに仕えたいと思います。」
 母の顔と同じくらい、音楽家の顔も素敵な山下牧子さん。お手本にしたい女性である。

Restaurant 8ablish

「無意識のうちに健康で幸せになれる場所」をコンセプトとして昨年オープンしたヴィーガン(純菜食主義)レストラン。動物性素材を使わず作られる地中海テイストの料理はどれもクオリティが高く、お酒のすすむ前菜や旬野菜のサラダ、話題のヴィーガンソフトクリームなど、大人も子供もおいしくいただけるものばかり。併設のショップコーナーには、厳選されたオーガニック食材のほか、こだわりの雑貨や食関連の本などが並ぶ。

〒107-0062
東京都港区南青山5-10-17 2F
03-6805-0597 eightablish.com
ランチ:11:00~16:00/ディナー:18:00~23:30
第二・三火曜定休

山下牧子 (やました まきこ) メゾソプラノ

香川県出身。新国立劇場の数多くのプロダクションに出演、特に『蝶々夫人』スズキは再演を重ね、評価が高い。2011年東京二期会『サロメ』(コンヴィチュニー演出)、2012年日生劇場A.ライマン作曲『メデア』、2014年東京二期会『イドメネオ』イダマンテ等、話題の公演の成功を支えた。NHKニューイヤーオペラコンサート、朝日新聞のCM等も好評を得ている。本年9月『トリスタンとイゾルデ』ブランゲーネに出演予定。
二期会会員