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トリスタンとイゾルデ』キャストインタビュー

横山恵子・池田香織

  • 文=山田治生/
  • 写真=本多康司

横山恵子

錯綜するオーケストラと歌が、溶け合う瞬間 ―
今だからこそイゾルデを演じられる

 ドイツのコーブルク歌劇場など、ヨーロッパで15年間活躍した後、帰国し、アイーダ、トスカ、蝶々さん、トゥーランドットなどのヒロインを立て続けに演じ、日本を代表するプリマドンナとして人気を博している横山恵子。ワーグナーでも、ブリュンヒルデ、ジークリンデ、グートルーネ、エリーザベトなどの大役を担ってきた。この3月にも『さまよえるオランダ人』でゼンタを歌う。そんな彼女にとって、イゾルデは初役だという。

 「一度やってみたい、と思う役でした。自分が歌える時期に、その演目が上演されるのは、これは運命ですから。時期が違ったら歌えないし、『トリスタンとイゾルデ』は滅多にやらない演目でしょう」

 上演時間も長い。しかもイゾルデは全幕ある。

 「お弁当をいつ食べようかと。これまでに、いくら長いものでも5時間、というのはないんです。ワルキューレも長いけれど1幕は出ていません」

 ドイツものもイタリアものも歌う彼女だけに、歌唱のスタイルには特に気を使う。

 「ドイツ語とイタリア語では、子音と音の関係が違います。長いフレーズのもっていき方も。我々(歌手)は“吹く楽器”ですから、息のスピードが大切。笛と同じです。柔らかくて強い音を出すには息の流れのコントロールが必要になります」

 ワーグナーの歌唱ではビルギット・ニルソンに憧れるという。

 「ワーグナーというと、ニルソンを聴きます。彼女の声の柔らかい感じが好きなのです。聴いているだけで愛のデュエットだと分かります」

 ワーグナーの魅力をきくと、 「聴く人には魅力でしょう?歌とオーケストラが絡み合う感じ。でもそれを歌うのは難しいのですよ」

 指揮者の飯守泰次郎氏から学んだことも多い。

 「合わせようとしないで、どこかで合う、というイメージです。その方が言葉のニュアンスが出て、音楽もうねるような感じになります。もつれた紐が解けるようにオーケストラの上にふんわり乗っている感じが分かってきて、(ワーグナーを)歌うのが楽しくなりました」

 横山恵子の演じるイゾルデとは?

 「第1幕が歌い方も演技も難しい。かつて自分の婚約者を殺した、愛してはいけない人を好きになってしまった、ということや、マルケ王のところへ嫁ぐのが嫌だという気持ち。毒と思って薬を飲む前のブランゲーネとのやりとり。第2幕と第3幕は、どっぷり愛の道(笑)。私は自分とはかけ離れた人間を演じるのが好きです。『ヘンゼルとグレーテル』の魔女とか。『フィガロの結婚』の伯爵夫人は、ただすっと立った姿で、表現するのが難しい。ヴェルディのヒロインや、トスカなんかは、刺すとか殺されるとかサスペンスがあって動きがありますから。今回のイゾルデは、愛の世界に浸かり、最後は長々と嘆き悲しんで死ぬ、極端で現実には生涯ありえない。ですから演出が気になります。私は演出家のプランを、演技だけでなく声でも表現することが、オペラ歌手の仕事だと思っているのです」

 まさにプロフェッショナルなオペラ歌手、横山恵子が初めて取り組むイゾルデに期待しないわけにはいかない。

横山恵子(よこやま けいこ) ソプラノ

岡山県出身。東京音楽大学卒業、同大学研究科修了。1992年渡欧、ドイツを中心にヨーロッパ各地でタイトルロールを歌う。これまでに、びわ湖ホール『アッティラ』他ヴェルディシリーズ、新国立劇場『蝶々夫人』『トスカ』、東京二期会『ドン・カルロ』、日生劇場『アイナダマール』等。
二期会会員

池田香織

多くの作品を歌えば歌うほど
壮大かつ繊細なワーグナーに魅せられて

 池田香織にとって、イゾルデは念願の大役といえるだろう。メゾソプラノの彼女は、2010年の新国立劇場の『トリスタンとイゾルデ』ではブランゲーネのカヴァーを担っていた。

 「これまでワーグナーの音域の広い役を通して、自分自身の声について、メゾソプラノなのか、ソプラノなのか、考えてきました。信頼する指揮者の飯守泰次郎先生にご相談したときに、『もともとあなたの声の中心はアルトです。すごく良いアルトです。でも高い音域に多大なオマケが付いているので、上も出しやすい。安全な役はエルダだと思うけれども、オペラをよく知っている良い指揮者となら、ブリュンヒルデやイゾルデもやってもいい』とおっしゃっていただきました。私としては、非常に限定した役柄でソプラノも歌っているので、オーディションを受けるにあたって今回は(イゾルデかブランゲーネか)どちらにしようかと思ったのですが、どうせ挑戦するならイゾルデを、と決めました」

 彼女は、イゾルデについて、「いろんな方向から共感できる」という。

 「イゾルデは普通の女性の部分と巫女的な部分とがうまくミックスされています。美しい心だけでなく、嫉妬やイライラを包み隠さない。愛しているのにケンカ腰になったりする。それがあるきっかけで裏返った時の解放された感じにすごく共感を覚えます。イゾルデは若い姫なので、恋が芽生えたとき、自分の心がわからないことにも腹立たしくなる。そして相手にも怒る。ある意味、第1幕のイゾルデは幼いのです」

 オペラの最後にイゾルデが絶命することについてはこう考える。

 「イゾルデはトリスタンに会いに行って結ばれたいという思いによって生かされていたが、目的を果たすことで、支えていた力がなくなり死んでしまう。でも、死は必ずしも悲しいことではなく、神の国へ帰っていくという意味で幸せでもあります。二人で天国に行けるという幸せ。解決しそうでしなかった和音が最後に解決されるのですから成就だと思います」

 池田香織はもともとソプラノだった。

 「歌を始めた頃は高い声が出て、リリコ・レッジェーロのレパートリーを歌っていました。大学4年生のとき二期会の研究生になった試験では『夢遊病の女』と『ルチア』を、本科卒業の試験ではマスネの『マノン』を歌いました。その後、合唱団での仕事をして、体も成熟し、メゾじゃないかといわれるようになりました。最終的に今の声に落ち着いたのは師匠である小山由美に出会ってからです。31歳の時、師匠が歌うフリッカの稽古の代役をやったのが初めてのワーグナーでした」

 ワーグナーは「歌っているうちに大好きになった」という。

 「自分のメロディだけでなく和音の中にどういうふうに位置するか。自分がパーツとしてあることが重要で、私は、大きい建物をみんなで建てるのがとても好きなのです。ワーグナーを歌っているときちんと線路が敷かれている。オーケストラとともに全体として一枚の絵を描いていく。オーケストラや言葉から、表現に必要な音色が自然に導き出されるのです」

 ワーグナーを通しての出会いに感謝する。

 「これまでワーグナー業界に巻き込まれてきましたが、非常に尊敬する先輩や、惜しみなくたくさんのものを分け与えてくださった方々に、いただいたものがこんな形になりましたとお見せできるのが楽しみです」

池田香織(いけだ かおり) メゾソプラノ

慶応義塾大学卒業。新国立劇場『ニーベルングの指環』『パルジファル』、びわ湖ホール/東京二期会共催『死の都』など多くのオペラに出演するほか、国内主要オーケストラとの共演も多い。またTrio 97としてCD「Libestraum 愛のおくりもの」をリリース。
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