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フィガロの結婚』キャストインタビュー

大村博美・与那城敬

  • 文=山野雄大

大村博美

 「宮本亜門さん演出の『フィガロの結婚』は前回の公演を拝見して、クラシックでエレガント、と同時に生き生きとエネルギッシュな‥‥観た後にしみじみと元気になれる素敵な舞台だったのを覚えています。亜門さんの『ドン・ジョヴァンニ』も、斬新な演出が新鮮で魅力的でした」と語る大村博美。〈二期会名作オペラ祭〉と題しておこなわれる亜門フィガロ待望の再演では、伯爵夫人でその美声を魅せる。

 大村博美の主演デビューは2002年の二期会創立50周年記念公演『椿姫』。以来、新国立劇場など日本国内での活躍も続けながら、フランスを拠点に世界で活躍を続けてきた。「ひとつの劇場の専属歌手ではなく、ゲストアーティストとしていろいろな国の劇場に招かれるので、実際フランスに滞在しているのはそう長くないと思います」と言うように、地球を駆け巡る旅の日々だ。

 プッチーニ、ヴェルディ、モーツァルト、ベッリーニ‥‥世界各地で様々な役を歌うなか、「ドラマティックでありながら、同時にレガートやピアニッシモが要求されるベルカントな役柄‥‥たとえば蝶々夫人、『オテッロ』のデズデモナ、ノルマなどが大好きな役柄です」という大村。とりわけ『蝶々夫人』は「何度演っても新しい発見があり、いつも新鮮に舞台を務めることができる宝物」だという。ベルリン・ドイツ・オペラで総立ちの喝采を浴びた蝶々さんにはじまり、フランス、スイス、スペイン、ポーランド、フィンランド、イスラエル、カナダ‥‥と客演が続くなか、「カルチャーショックだったのは、オーストラリアでした。見たこともない動物がいる壮大な自然、海を間際にしたシドニーのオペラハウス、湾に上がる花火!ああ別の大陸だ‥‥という実感と大らかな雰囲気のなかで、今までと違う新鮮な気持ちで歌う歓びを、しみじみ感じられました」

 最近「オフの時は、水と空気が綺麗で自然豊かなところで過ごしたいと思うようになり、長年住んでいたパリ郊外から心機一転、オーベルニュ地方に引っ越しました。暑い季節にはカヌーで川下りをして、温泉で疲れを癒すという楽しみができました」と愉しそうに語る大村、「バスク地方やピレネー山脈のあたりもお薦め。自然の雄大さに〈神様はいる!〉と幸せな気持ちになれる景色が満載です」と、大自然の呼吸に感性を広げつつ表現を深めゆく日々だ。

 そんな豊かな活躍のなかでの『フィガロの結婚』伯爵夫人。日本で披露するのは13年ぶりだ。

 「たとえば、伯爵夫人とスザンナで、私自身の性格にどちらが合っているかといえば、間違いなく伯爵夫人。この役は私のキャリアでも最初の頃から歌わせていただいていて‥‥新国立劇場の富山公演では中嶋彰子さんのスザンナと、そしてフランスのロレーヌ国立歌劇場ではパトリシア・プティボンさんと共演させていただく機会に恵まれました。どちらも素敵なスザンナさんたちで、その機知に富んだ軽妙な動きを見ながら、内心〈どちらかというとおっとりマイペースな伯爵夫人でよかった‥‥〉と思ったものでした」

 その後、再びロレーヌ国立歌劇場に同役で招かれ、「以前に比べて、おっとり度が少し緩和されまして‥‥」という大村。「意志のある伯爵夫人になりつつあるな、という手応えを感じたんです。別の演出でもまた演ってみたい!と思っていたところで、今回の宮本亜門さんの演出で歌わせていただけることに。生き生きとした伯爵夫人をご一緒に創っていきたいと、とっても楽しみにしています」

 日本では亜門フィガロに続いて、東京二期会『ナクソス島のアリアドネ』にもアリアドネ役で出演(2016年11月)。

 「素晴らしい共演者の皆様と一緒に、日本のお客様のために歌える機会に恵まれて本当に嬉しく思っています!」

大村博美(おおむら ひろみ) ソプラノ

東京芸術大学大学院修了後イタリア留学、マルセイユ国際オペラコンクール第1位等、受賞多数。『蝶々夫人』『オテッロ』『ノルマ』『イル・トロヴァトーレ』等数々のオペラの主役ソプラノとして海外の歌劇場で活躍。特に蝶々夫人はドイツ、フランス、スイス、スペイン、フィンランド、ポーランド、イスラエル、カナダ、豪州、ブラジル等世界中の歌劇場で絶賛され、近年オペラオーストラリアから2本のDVDが発売中。国内では02年東京二期会『椿姫』、新国立劇場『ドン・カルロ』『蝶々夫人』『道化師』『カルメン』ミカエラ等で喝采を浴び、テレビのNHKニューイヤーオペラコンサートにも度々出演。7月『フィガロの結婚』伯爵夫人に出演予定。フランス、オーベルニュ在住。二期会会員 
公式ホームページ hiromiomura.com

与那城敬

 2002年の初演が大きな話題を呼んだ、宮本亜門演出の『フィガロの結婚』が還ってくる。再演を重ねることで、東京二期会の大切なレパートリーとして魅力をより深めてゆくのも楽しみなところであるし、舞台の重要な軸となるアルマヴィーヴァ伯爵役には、与那城敬が前回に続いての登場。前回ご覧になったかたも、この人気バリトン歌手が着々と広げてきた表現力を実感しながらご堪能いただけよう。

 「僕も今年40歳になりまして、〈こうじゃなきゃいけない〉と凝り固まっていた部分もほどけてきたように感じます」と与那城敬は朗らかに語る。「以前よりリラックスして‥‥演出をなぞってゆくだけではなく、さらに自発的に演じられるのではないかと思うんです。前回、終わってからいろいろ反省した部分もありますし、舞台に立つ時の心構えが以前とは違ってきているかと」

 二期会創立60周年記念公演のレオンカヴァッロ『パリアッチ(道化師)』シルヴィオをはじめ、日生劇場50周年記念公演のライマン『メデア』日本初演のイヤソンという現代作品の難役などでも見事な演唱を魅せた与那城、オペラにコンサートに‥‥バロックから現代まで幅広い作品でその卓抜を広げ深めている。

 「いろいろ演じてきた中でも『フィガロの結婚』のアルマヴィーヴァ伯爵は〈この役ならいつでも演りたい!〉というストライクな役だと思っています」と与那城。

 「伯爵としての威厳と存在感を持ちながらも、常に周りのみんなにひっかきまわされる役。立場的には何でも思い通りになる筈なのに、何かおかしいぞ?ということが起こり続ける。伯爵という地位の人が笑い飛ばされるというギャップ、その面白さも大事にしたいですね。僕も意外にのんびり屋で抜けたところがあるので」と笑いつつ、

 「ただ、宮本さんの演出では、伯爵役にあるちょっと間抜けなところを強調しすぎてデフォルメしない、颯爽としたイメージだったように思うんです。勢いよくて力強く、怒る時はカッと怒る。わりにヴァイオレンスな感じの伯爵だったので、前回は僕自身の性格とは違うあたりで少し苦労したところはありました。──しかし、人間の性格って表裏一体ですよね。自分の中にも、のんびりしている反面、何かそうでない部分があると思います。そこをうまく使いながら、舞台で爆発させられればなぁと思います」

 モーツァルトのバリトンは自分にフィットする、とあれこれ演じてきた役を振り返りながら与那城は言う。「モーツァルトの場合、必要な事はすべて楽譜に書いてあるので、その音楽と呼吸を自分の身体に入れていきます。器楽的でもありながらとても自然な感じなんです。軽やかで流れるような音楽と演劇的なバランスが絶妙でそこに惹かれます」

 東京二期会『コジ・ファン・トゥッテ』グリエルモ役など、モーツァルト作品の数々でも高い評価を受けてきた与那城敬。同じ演出の舞台に再び立つという今回は、ファンにはもちろん彼自身にとっても演技を深める好機となるだろう。

 「キャラクターとしての感情表現と、音楽的な表現との葛藤‥‥そこでいかに演技が大事なのかは、実は実際舞台に立つようになってから初めて気付いたように思います。演技によっては音楽の骨格までもが変わってくるので、演技と歌唱を丁寧に結びつける作業を大事にしたいです。──この『フィガロの結婚』も、前回は演らなければいけないことを演るために、体当たりの演技でしたが、今回は新たな演出に挑戦するつもりで、自分らしさをもっと出していけるのでは、と自分に期待をしているところです!」

与那城敬(よなしろ けい) バリトン

兵庫県出身。桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ専攻卒業。声楽に転向し、同大学研究科声楽専攻修了。新国立劇場オペラ研修所第5期修了。平成17年度文化庁派遣芸術家在外研修員としてミラノで学ぶ。06年、東京二期会『コジ・ファン・トゥッテ』(宮本亜門演出・芸術祭大賞受賞)のグリエルモ、08年同『エフゲニー・オネーギン』オネーギンで絶賛を浴びた。09年びわ湖・神奈川『トゥーランドット』、佐渡裕プロデュース『カルメン』、10年「NHKニューイヤーオペラコンサート」に出演。新国『愛の妙薬』ベルコーレ、『鹿鳴館』影山伯爵でも、期待に応え重責を果たした。11年日生劇場『メデア』(日本初演)イヤソン、翌年『リア』にも出演。16年7月『フィガロの結婚』伯爵に出演予定。CD「FIRST IMPRESSION」 
二期会会員 公式ホームページ www.yonashiro-kei.com