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宮本亜門、『フィガロの結婚』を語る 聞き手・文 林田直樹

2011年4月東京二期会オペラ劇場『フィガロの結婚』(東京文化会館 撮影:三枝近志)

『フィガロの結婚』は宮本亜門と二期会との最初の出会い(2002年)であり、その後2006年、2011年と再演を重ね、そして通算4度目の2016年と、14年もの長きにもわたって続けられ、愛されてきたプロダクションである。その後『ドン・ジョヴァンニ』『コジ・ファン・トゥッテ』『魔笛』と、モーツァルトのオペラ主要4作を二期会で演出してきた宮本亜門は、いまや二期会ともっとも密接で長い関係を持つ演出家の一人となった。

  「2002年はもう大昔ですよね。あのときは正直、城壁のように周りの人々が怖ろしかった。なんて違う世界に来ちゃったのか……(笑)。とにかく、あくまでも『フィガロ』の原点へ返ろうと、ボーマルシェの戯曲を読むことから始めて作っていった。
 でもその前に二期会で実相寺昭雄さんが演出されていたりとか、僕もロンドン時代にイングリッシュ・ナショナル・オペラでジョナサン・ミラー演出の『リゴレット』を観て影響されたりとか、演劇人がどんどんオペラをやり始めていたから、道はあったんだと思います。あの頃二期会はよくぞ呼んでくださったと思ってとてもうれしかったし、毎回いつも新鮮で、お互いどきどきしていましたね」。

2006年公演 撮影:鍔山英次

オペラ歌手に対する演出と、ミュージカルの演出との違いは?

 「別に変えていることはないけれど、オペラの訓練をなさっている人たちは、最初にとにかくどう歌うか、どう聴かせるかということを、1曲1曲訓練してやってきている。でも、大きな物語の流れとして全体をとっている人は案外少なくて。どういう風に声が出ているかということにどうしても集中してしまって、物語性よりも声が優先されている。本当は物語性が入ればもっと“役”になると思うんだけど。作曲家はそう作っているわけだから。そこを分断する必要はない。演技でありながら、音としてもお客さんに納得できるようなものにする。このバランスですね」

この14年間で、二期会の歌手たちは、どう変わったのだろうか?

「本当に変わったと思う。前は、声楽訓練を受けてきた中でも師弟関係を軸に舞台に立っていた。いまは海外に行く人もどんどん増えているし、オペラをもっと面白くしたいと、若い人も自分から発言しはじめている。いろいろな経験をしているし、もっと教えてほしいという感じが奥にあります。もちろん声楽指導の先生との関係もあるけれど、バランスをもってやっているという感じですね」

2006年公演 撮影:鍔山英次

インターネットの発達で、世界中のあらゆる情報が共有され、歌手たちも最新の舞台の演出にもどんどん詳しくなっている。そんな状況は演出家にとってはどうだろう?

 「大歓迎です。知ってもらえるものは全部知ってもらった方がいい。僕も全部観ているわけじゃないけど、自分も磨きたいですから。パートナーとして一緒に。いまは大胆な演出という流れもおさまってきて、原作へのリスペクトや思いを大切にしながら、いい意味での日本の『フィガロ』を一緒に作っていきたいですね」

 

2011年公演 撮影:三枝近志

日本国内でのオペラ上演は、字幕の力も大きい。どんな歌も演出も、字幕ひとつでどうにでも変わってしまうが、その点についてはどうだろうか。

 「いつも最後は字幕の修正だけで、2~3日深夜まで全部みっちり直させてもらっています。字幕担当の方はみなさんイタリア語をよく知っている素敵な方たちですが、現代の観客に少しでも親近感をもって伝える努力をもっとしたいですから。
 字幕を直すうえでいつも僕は、もとの作曲家はどうだったのか、ということを常に考えます。その上で、役柄の感情をどう出すか。それから“字幕がいい”とは言わせたくない。あくまで舞台に集中できるように、自然に舞台に入れるようにするのが僕の字幕に対するこだわりです。
 ミュージカルでは訳詞に1年半かけますからね。それも2年前にあげて、そのあと1年半全部作り直しますから。原作を愛しているから、意味を違って捉えられたくない。そこは実に繊細な作業なんですよ」

改めて、モーツァルトのオペラ観について。

 「モーツァルトのオペラには、本当に僕は成長させてもらいました。彼は人間の描き方が、すごく平等であり、全員に愛情を持っていて、単なる善人には誰も描かない。全員がいろんな内面を持ち合わせている。音が見事に彼らの感情に寄り添っているんですよね。一人一人がちゃんと違うキャラクターに出来上がっていて、それぞれの人を認めたいんだと思う。人類愛に満ちているが故に、悩んだり苦しんだりもがいたりしている人物たちを、どんな端役にしても、ちゃんと愛情をもってそのキャラクターを作ってあげている。悪い人が出てこないですね。すごく勉強になります」

主要4大オペラのなかでの『フィガロ』の位置づけは?

 「最もフレッシュで名曲揃いで、誰にでも愛される作品。若さも含めて光り輝いています。そして、権力者に対する反発、ある宣言のような作品ですね。それを全部笑いとユーモアで包み込んで、最後に人類愛に持って行っちゃうというのが彼の独特のやり方。ただ権力や制度を否定するんじゃなくて、誰かだけが正しいんじゃなくて、みんなが可笑しく、優しく、誰もが過ちを犯し、そして許されていく。その流れを、よくぞここまで作ったと思いますね。モーツァルトが神に愛された瞬間じゃないかな。
 でも、『フィガロ』を作ってしまったが故に、モーツァルトはいろんな作品を作りながら、さらに苦しみ、身を削っていったと思う。ともかくまず『フィガロ』を作ってしまったことで、彼はスタートを切った……それほどいとおしい作品です。
 今回の舞台は2002年と基本的には同じ形ですが、再演するごとに時代とともに意味合いが新しく見えてくる作品でもあります。映像の要素を加えますが、それはあくまでシンプルに、世界観ももっとはっきりみせたい。もっと作品を練り込むために、強弱をはっきりつけるために使います。とにかくこのオペラを若い人たちに観てもらうのは僕の夢なのですから」

宮本 亜門 演出家
1958年生まれ 東京都出身

 2004年ニューヨークのオンブロードウェイにて「太平洋序曲」を東洋人初の演出家として手がけ、同作はトニー賞の4部門でノミネートされる。ミュージカルのみならず、ストレートプレイ、オペラ、歌舞伎等、ジャンルを越える演出家として、活動の場を国内外へ広げている。
 二期会のオペラ演出としては、モーツァルト×ダ・ポンテの三部作として2002年「フィガロの結婚」、2004年「ドン・ジョヴァンニ」、2006年「コジ・ファン・トゥッテ」を精力的に演出。そして2009年に「ラ・トラヴィアータ」。
 芸術監督をつとめた、神奈川芸術劇場<KAAT>では、「蝶々夫人」を解体し、ストレートプレイの中にオペラを埋め込むという実験的手法で、2012年に「マダムバタフライX」を手がけた。
 北米でのオペラ進出は、2007年米・サンタフェオペラにてタン・ドゥン作曲の現代オペラ「TEA: A Mirror of Soul」(アメリカン・プレミア)を演出し、2010年2月にはアメリカ・フィラデルフィアオペラにてタン・ドゥンの指揮、2013年5月にはカナダ・バンクーバーオペラにて再演をした。2013年9月、欧州初のオペラ演出として、オーストリア・リンツ州立歌劇場にてモーツァルトの「魔笛」を初演。シーズンオープニングを飾った。
 ミュージカルの代表作としては、デビュー作「I GOT MERMAN」。同作は文化庁芸術祭賞を受賞。2005年に上演したミュージカル「Into The Woods」の演出で、朝日舞台芸術賞の秋元松代賞を受賞。また、作曲家のスティーヴン・ソンドハイムに高い評価を受ける。
 ストレートプレイの代表作として、三島由紀夫原作の「金閣寺」を舞台化し、NYリンカーン・センター・フェスティバルに正式招へいされた。
 また、2013年に市川海老蔵主演のABKAIで、初めての歌舞伎演出に取り組んだ。16年3月には、三島由紀夫最後の戯曲「ライ王のテラス」(赤坂ACTシアター)を上演予定。
公式サイト www.amon-miyamoto.com/