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オペラを楽しむ

『イル・トロヴァトーレ』キャストインタビュー

並河寿美・小原啓楼

  • 文=山口眞子/写真=福水 託、塩田崇雄

並河寿美

 並河寿美が部屋に入ってくるなり、辺りがぱっと明るくなった。華やかだ。そんな彼女が演じるレオノーラに期待が集まる。

 「ヴェルディは大好きなのでやりたかった役の一つですし、今の年齢になってできると思える役です。内容は暗い復讐劇ですが、聴いている分には明るい調性です。でも、明るい調性でどろどろした暗いものが引き立つし、どろどろした中に明るい曲。そのコントラストが魅力ですよね。明るさと暗さのグラデーションにキャラクターの心の中の表情が出ていると思いますね」

 めまぐるしく変わる舞台に立つことは、「それだけでもわくわくする」とも語る並河は、演技力の確かさにも定評がある。

 「学生の頃は声本位でしたが、オペラを演ずる以上、そればかりではだめと気付かされたのは、栗山昌良演出の『トスカ』でした。アリアを歌う時に、床に伏して歌わなくてはならず、これで歌えるのか、マジですか、と思ったのですが、タイトルロールを歌うのは初めてでしたし、栗山先生演出で、あまりの緊張でそんなことは言えず、むしろ先生は歌い難かったら形を変えてもいいとおっしゃったんですが、逆に意地でやりますと(笑)。そこからは、どんな姿勢でもちゃんとした声を出さなくてはと研究しました。例えば、床にうっぶして歌う時は、骨盤の片方だけ床に着けるとか。いつも使わない筋肉を使うとか、腹ばいになる時の足の状態とか、今まで体型を崩して歌うことはなかったので、どうやったら声を変えずに歌えるか格闘しましたね」

 そういった身体感覚はバレリーナを目指したこともある並河だからこそだろう。

 「今はこんなに大きくLサイズですが(笑)、高校3年まで15年程バレエをやりました。バレエか音楽か迷いましたが、音楽高校では両立していました。大学を受ける段階でバレエをやめたんです。オペラを凄くやりたいと思っていましたが、まさかこういう形で役に立つ時が来るとは思ってもいませんでした。舞台で自分を美しく見せることにバレリーナは長けていますしね。重心をどこに置くかも大変役立っています。でも、邪魔なこともある。歌とバレエとは真逆なことが多い。バレエではバランスを取る時、息を吸い上げて止めるんですよ。もちろん歌は吸い上げて止めることはない」

 演じる上で、そのモードになった時には、身体が自然に動くようになった感じがあるとも語る並河は、根っからの表現者だ。

 「こう見えて恥ずかしがりやなんですが、舞台に立つと大丈夫なんです(笑)」

 栗山昌良の勧めもあって、歌舞伎は好きでよく見ているらしい。

 「日本の伝統芸能とオペラは共通部分がある。女形の演技などとても参考になります。私たちは女性ということに胡坐をかいていると反省させられます」

 指揮者バッティストーニとの共演も、言葉に言い表せないほどわくわくしている。

 「あの若さで、今の時代のオペラを作ろうとしている方です。そのエッセンスを少しでも得られることは私の宝物の一つになると思います。イタリアオペラは大好きですし、イタリアの血としてのエッセンスももらいたい。そこに感じ取るものを私達は要求されることでしょうしね」

 スケールの大きな並河寿美。これからますます大輪の花を咲かせることだろう。

並河寿美(なみかわ ひさみ) ソプラノ

兵庫県出身。大阪音楽大学音楽学部声楽科卒業、同専攻科、同大学院オペラ研究室修了。兵庫県立芸術文化センター佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ『蝶々夫人』で兵庫県芸術奨励賞、音楽クリティッククラブ賞を併せて受賞。平成24年度には神戸市文化奨励賞を受賞。びわ湖ホール・神奈川県民ホール共同制作『トゥーランドット』『アイーダ』(沼尻竜典/指揮・粟國淳/演出)にタイトル・ロール。2012年佐渡裕プロデュース『トスカ』に主演。ズービン・メータ氏指揮によるN響「第九」(東日本大震災支援チャリティ)、大野和士氏“サントリー音楽賞受賞記念演奏会”マーラー 交響曲2番『復活』(大野和士/指揮・東フィル)にソプラノソロとして出演。現在、大阪音楽大学准教授、愛知県立芸術大学非常勤講師。
二期会会員

小原啓楼

 新国立劇場の松村禎三作曲オペラ『沈黙』の主役ロドリゴがまだ抜けきらない様子で現れた小原啓楼。2月には長崎で公演、7月の東京公演も大評判となった大役だ。

 「公演が終わったばかりで、凄い役ですから精神的にも、稽古中からずっと髭も剃れないですし、日常生活にかなり支障をきたしました(笑)」

 それだけ役に入り込んでしまうということだ。そんな小原だが、最初から声楽家を目指してきたわけではない。

 「小学生の頃から声楽に親しみを持てる環境にたまたまあったのですが、中学で不登校になり、私塾というか、今でいうフリースクールのようなところに行きました。そこには声楽専門の先生がいらしたんですね。振り返ってみると、人生の要所要所で、よい先生と出逢えたことが今に繋がっている。導かれてここにいる、というのが実感です」

 その後、高校は1年定時制に通い、残りの3年を通信制。その間、トラックの運転手など様々な仕事も体験した。そして、ソフトウェアの会社に入社。

 「ちょうど3大テノールがブームだった時で、映像を見た時の感動!これこそ本当に好きなことだ、と26歳で本気になり、会社をやめて芸大の受験を決めました。もともとアンバランスでエキセントリックなところがあって、会社員より特殊な仕事の方が向いているとは、若い時分から思っていました(笑)」

 芸大では同級生の中では年長だったこともあって合唱のインスペクターに。N響との定期公演などでは出演料の配分を任されたことも。

 「そのおかげもあってか先生方や関係者の方にもよくしていただきました。1年生から二期会合唱団のエキストラなどをやり、舞台経験の多い人達に囲まれて厳しく鍛えていただきました。まず眉の描き方、草履の持ち方、舞台のイロハからでした」

 そんな小原が『イル・トロヴァトーレ』のタイトルロールを演じる。

 「マンリーコと言えばザ・テノールの曲も多く、数あるイタリアオペラの中でも特別な役。キャラクターを感じる、しっかりした、充実した声で、しかも高い音を出さなくてはならない。オーディションを受けておいてなんですが、こんな役がついに来たか、と震える思い。キャリアのスタートがレッジェーロ、軽い声のレパートリーだっただけに、努力もしてきましたが、こういう日が来るとは、勉強を始めた頃は想像できなかったですね」

 演出家がどんなプランでもしっかり歌えるようにしたい。私たちなりの高みをめざしたい。オペラはクラシックだけど、現代人による現代人に向けてのパフォーマンスである以上、それは現代の作品であり、究極的には現代性の追求ではないか、とも。過去の遺産に敬意を払いつつ、自信と覚悟を持って、新たな価値を創造していくということが求められているのではないか、と語る。博士号まで取った小原。

 「学校に行かなかった反動からか、13年も芸大にいました」と笑うが、理論的で興味の対象も広い。

 「世界のオペラファンから、トウキョウもなかなかいいよって、聴きに来てもらいたいですね。そんな日が来なくては」

 そんな彼も若き指揮者アンドレア・バッティストーニには最大級の賛辞を贈る。

 「マグマが噴き上がるような圧倒的な熱狂と、繊細で緻密なコントロールが同居する本物の天才。彼と演奏ができるなんて」と目を輝かせるのだ。

小原啓楼(おはら けいろう) テノール

福島県出身。東京芸術大学声楽科卒業、同大学大学院修士課程及び博士課程修了、博士号取得。第41回日伊声楽コンコルソ第3位並びに歌曲賞受賞。二期会オペラには、2009年『蝶々夫人』ピンカートン、2010年『オテロ』カッシオ、『メリー・ウィドー』カミーユ、創立60周年『パリアッチ(道化師)』ペッペ。新国立劇場には『鹿鳴館』清原久雄、2011年『夕鶴』与ひょう、2011/2012シーズンの『沈黙』では主役となるロドリゴで新境地を拓く(本年7月に再演でも同役)。2014年『死の都』にもガストン/ヴィトリンと目覚ましい活躍ぶりである。2013年日生劇場開場50周年記念・アリベルト・ライマン作曲『リア』(日本初演)エドマンドの迫真の演唱も特筆に値する。
二期会会員
http://blog.livedoor.jp/tenor_keiroh/《小原啓楼のテノールな日々》