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演出家・荻田浩一を探る 『ウィーン気質』でオペレッタに初挑戦! 文◎石井啓夫(演劇評論家)

ミュージカル「蜘蛛女のキス」石井一孝、浦井健治(2007年)

 『ウィーン気質』でオペレッタ演出に初挑戦する荻田浩一の演出家のスタートは、宝塚歌劇団だった。1994年から2008年まで15年間、座付き作者を務めていた。宝塚歌劇は昨年創設100周年に達し、今や日本の伝統芸能文化の一翼を担う老舗劇団である。その、ほぼ十分の一ほどの期間だが、荻田は、宝塚新時代を象徴する存在だった。宝塚作品の基本スタイルは、ミュージカルとショーの二本立てで、どちらも女性が演じる男役が娘役と愛の確執と葛藤の果てに結ばれたり、悲劇に見舞われたりするさまを、一般演劇とは格段に異なるファンタジー要素に溢れた音楽、装置、衣装を背景に描くものだ。代表作「ベルサイユのばら」が見本である。が、現代宝塚を担う若き座付き作者の多くは、時代を反映して単純な愛のドラマに飽き足らず、複雑な構成と美学を駆使して、それぞれ嗜好や趣味を活かしたペダンチックな隠し味を特色とする舞台作りに挑んでいる。荻田は異色さに於いて傑出していた。それまで斬新な作風で知られた作者は幾人も出たが、荻田の特色は“変体の美学”。“変態”ではない。正調を歪めるのでなく、形体、様相を変化、付加させる。音楽と装置と衣装が実は論理的に計算された演出意図で結ばれている。だからどの要素をも認識しておかないと全体像を見失ってしまう。単純でないぶん不満を漏らされることもあるが、“オギー”と愛称で呼ばれるほどに熱狂的なファン層を持つ。

 入団3年目の97年、ミュージカル「夜明けの天使たち」でデビュー、宝塚では珍しい西部劇スタイルの舞台だった。続いて映画「俺たちに明日はない」を舞台化した「凍てついた明日」を発表。ボニー&クライドの反社会的生き方をテーマとするなど、従来の宝塚では有り得なかった。宝塚大劇場デビュー作となった99年「螺旋のオルフェ」は、ギリシャ神話をモチーフとした幻想的ミュージカルで螺旋階段の装置を効果的に使用、月組の新トップコンビ披露で男役の真琴つばさと絡むトップ娘役、檀れいの唖然とする美しさを際立たせた演出だった。その後もミュージカル「マラケシュ・紅の墓標」、幕開きから終始舞台背面に巨大な蜘蛛の巣を掛け、その前で糸に絡み捕食される男女をアダルトに唄わせ、踊らせるレビュー「タランテラ!」があり、アレキサンダー大王の世界制覇と現代アメリカの世界戦略を重ねた、荻田には異例な政治色が強い小芝居「A ―“R”ex」があった。Aにはアレキサンダーとアメリカを、“Rex”には本来の王の意味と話題となった日本映画「REX―恐竜時代」が掛けてある。そして、08年、30分の幻覚に覆われたようなショー「ソロモンの指環」で宝塚を去る。ソロモン王の指輪の行方がワルキューレの少女たちが現れてニューベルンゲンの指環にもなる難解な物語だった。かように荻田の演出世界は、宝塚歌劇の正統に異を唱えたのでなく形体を変化させたり、拡大縮小させたりして見せること。そこに並々ならぬ和漢洋の知識を塗り込める。それ故、作り手のその創造力を、見る側は演じ手の演技力を通して想像力で感じる他はない。ボーッと見ていても美しいが、嵌ると提示される論理的美学に刺激され続けて疲労困憊する。荻田支持派はそこに絶対的な魅力を見出すのである。

 大阪生まれ、大学も大阪で文化人類学を専攻、行く末は大学院を経て学者を志す筈だったが、幼い頃から文楽を好み、ふとしたきっかけで見た小劇場演劇に嵌り、その過程で出会った宝塚歌劇の「シックでありながらポップ。ロマンチックでいてシニカル、何よりもすべてがキッチュ」(荻田)な魅力に捉われてしまったのだ。が、荻田の感性は、宝塚歌劇の枠外へ膨張し始める。在団中にすでにミュージカル「蜘蛛女のキス」や「蝶々さん」などの演出を手掛けている。後者は、脚本家の市川森一原作のオリジナル舞台だが、プッチーニのオペラ『蝶々夫人』から触発された作品だ。

 注目すべきは、退団後ほとんどミュージカルや音楽劇に限られるが、「ワンダフルタウン」、「ニジンスキー」、「アルジャーノンに花束を」他、現在まで演出依頼は引きも切らない。なかでも12年の「CHESS in Concert」が忘れられない。東西冷戦時代の米ソの確執をチェスのゲームになぞらえ、歌唱に秀でた俳優陣がチェス盤の上を前後左右斜めに歩みながら歌い競うさまを見て、わたしはオペラにしたら面白いのではと思ったものだ。そのコンサート式の舞台が今秋、ミュージカルとして再演される。

 荻田の演出美学は、音楽、装置、衣装が舞台上で一体となって醸し出す幻想性。客席をファンタスティックな異次元世界に誘い込む手法は大劇場舞台で培われた荻田の格別なこだわりでもある。初演出で挑むオペレッタ『ウィーン気質』の舞台で、二期会という本格的な“声”の芸術家たちを得た荻田が、宝塚歌劇とも一般ミュージカルとも違う、どんなオペレッタ世界を見せてくれるのか、心が躍る。

「CHESS in Concert」安蘭けい、石井一孝、大野幸人(2012年)
写真いずれも提供:梅田芸術劇場/撮影:村尾昌美

荻田浩一 演出家

1997年、宝塚歌劇団「夜明けの天使たち」で演出家デビュー。2008年の退団までに数々の名作を生み出し、繊細かつ甘美な独自の美学を持った作風で高い評価を得た。2004年「ロマンチカ宝塚'04~ドルチェ・ヴィータ!~」で文化庁芸術祭演劇部門優秀賞を受賞。在団中から「アルジャーノンに花束を」「蜘蛛女のキス」「傾く首~モディリアーニの折れた絵筆~」など外部の作品を手がける機会も多く、2008年宝塚歌劇団を退団後は、ストレートプレイ・ミュージカル・ショーなど幅広く活躍中。