TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

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オペラを楽しむ

―これまで二期会でモーツァルトのダ・ポンテ三部作をやってこられて、ついに一昨年『魔笛』をリンツで新演出(二期会との共同制作)をされました。どのようにまず取り組み始めたのですか?

宮本亜門(以下同) この作品は、オペラであってオペラでないジングシュピール(歌芝居)の形式で作られています。モーツァルトは今までのオペラ創作とは違う形式に挑戦したのです。その点も含め、なぜモーツァルトが『魔笛』を作ったのかという原点にまず触れたいのです。その時代の人たちに向けて彼が何を訴え、何を作ろうとしたのか。それを考えないと、モーツァルトにかえって失礼ではないかと思いました。
 最初デニス(・ラッセル・デイヴィス)から『魔笛』の演出を是非、とお話をいただいてから、お断りしようと半年ぐらい悩んでいました。作曲家のフィリップ・グラスと演出家のロバート・ウィルソンと、デニスは強く結びついているので、グラスの作品だったらやりますと答え、6冊くらい譜面も送ってもらっていました。その中のどれにしようかなと考えていたところで、新作オペラもいいが、「まずは『魔笛』をオーストリアで」と。挑戦するには最高に幸せなシチュエーションなのはわかっていますが、不安が大きくて…。

―そういう現代作品と同時進行で『魔笛』の話があったのは興味深いですね。

 デニスは「オーストリアでやることを怖がるな、亜門らしく大胆に」と勇気づけてくれていました。それに、ウィーンは保守的なところがありますが、リンツは、ヒトラーが生まれ育った町ということもあって、それを払拭するべく、テクノロジーの国際的なフェスティヴァル「アルス・エレクトロニカ」を毎年開催していて、芸術学校も多く、オーストリアの中では先進的なところなんです。マザーシアターと愛称で呼ばれている州立歌劇場がありますが、最近、ヨーロッパで最も新しいオペラ劇場「リンツ州立劇場」ができたばかりなんです。今回はそこでのオープニングシリーズの企画ということでした。
 ちなみに1996年、黛敏郎さん作曲のオペラ『古事記』は、この通称マザーシアターから委託され初演が行われました。今回のリンツでの『魔笛』のコーラスの中にも、その初演の時、歌っていた日本人の方がおられ、古事記の精神がどれほど難解だったか、またその奥にはワーグナーに通じるものがあることを、どう表現するかを話し合ったという逸話も聞きました。国際性を求めているリンツならではで、スタッフ・キャストも世界中から呼んでいるんです。
 そういう意味でも、僕はオーストリア人によるオーストリアのオペラという発想をやめて、次の時代に通じる新たな国際的『魔笛』をやるべきではと考えはじめたのです。
 『魔笛』はジングシュピールとして、今までとは違ってあくまで一般市民のために創られ、上流階級のためではありません。それに、モーツァルトはフリーメイソンに入りながらも革命児でもあったと、これまでの作品を作りながら感じました。ですからモーツァルトに倣い、恐れず挑戦していいのかもしれないと思いました。

―最初の演出プレゼンテーションをリンツでされたときには、彼らの反応はどうでしたか?

 未来という設定があまりにも大胆だったらしくて、だいぶ戸惑っている様子でした。彼らにとっては『魔笛』は、自分たちの忠臣蔵みたいなものです。それが最初は一般家庭のリビングから始まり、ゲームの世界に入りこみ、進化して脳が肥大した人類が登場するとは…さすがに驚きを隠せなかったようです。
 二期会でやらせていただいたモーツァルトの三部作は、僕にとっても人生最高の経験のひとつでした。モーツァルトの人間を見る視点がこれほど対等で、愛情溢れ、いとおしいのかと、感動しました。またそこには、完全無欠な善人は現れず、コンプレックスやおびえ、ユーモアもあり、常に人間らしく矛盾を抱えて生きる役柄が多い。設定が未来でも、過去がそうだったように、人間の根本は変わらないと思ったのです。
 あの不安に満ちたプレゼンのあとホテルに帰り、もう一度ゆっくり『魔笛』のCDを全曲聴きました。そしたら、もう涙ぐんでしまいました、彼は何と深い人類愛に満ちていたのかと。モーツァルトが目的としていたのは、フリーメイソンに、見事に愛情をもって人間的にぶつかっていくことだったのかもしれないと思ったのです。フリーメイソンが求める自由、博愛を信じ、彼らの教義とは違う提案を見事ぶつけているのです。“人間はそんなに強くない、本当はこうじゃないの”“人間には、男や女がいて、共に生きていく事こそ、意味があるのでは”と考え、『魔笛』を創ったのではないかと。すると彼の一生懸命さ、人に対する真摯な態度に感動し、僕の涙は喜びに変わったのです。

―フリーメイソンの教義を伝えるのではなくて、それに対する疑問も?

 見事に入っていると思います。だから、モーツァルトはあえて、大きなオペラ劇場ではなく小さな劇団と劇場で、秘密結社のようなやり方ではなく、多くの一般の方が見に来られる形態をとったのだと思います。

―舞台の映像記録を拝見しましたが、家族の話になっています。

 『魔笛』の話はスピリチュアル・ジャーニー(精神的な旅)です。僕の好きなテーマのひとつでもあるんですが。人がどう生き、どう変わっていくか。生きること、愛することとは何ぞや。タミーノは何を考え、何を捨て、何を得ていったのか。それにパミーナも、何を苦しみ、何に気づき、成長していったのか、この中に完全な人間はいないのもそれが理由です。ザラストロですら途中から切々と自問自答が始まる。モノスタトスの反逆があり、我を忘れて感情的になる瞬間があり、その歌はザラストロの自問自答であって、説明や解説の歌のはずがない。ザラストロが自分に言い聞かせ、自分が確認せざるを得ない状況に入ったからこそのアリアなのだと思うのです。そうしてみると、登場人物全員がジャーニーをしている。夜の女王ももちろん。ただの復讐のシンボルなんて人物は、だいたい世の中には存在しないのですから。
 そう考えると、僕が特に興味を持ったのは、子供3人と弁者です。“子供=可愛いから天使”なんて描き方はモーツァルトはしません。あるときは誘惑し、あるときは否定し、女王側やタミーノ側、パミーナ側にもついたり、かわいくコミカルなだけの存在ではありません。生きた命ある存在として、描かれているんです。
 また、第1幕で弁者とタミーノが対話するところは、オペラで一番難しいところと言っても過言ではないでしょう。音楽的にはシンプルなデュエットですが、禅問答よろしく展開されます。これが作品の軸にならないと『魔笛』は成立しないのでは、と思ったのもそのテーマの深さゆえです。そんな本質に触れるには、あえて弁者とのジャーニーに意味を持たせたく、家族という発想に行き着いたのです。
 弁者がおじいちゃんで、夫婦がいて、子供は息子3人。そこから物語が始まって、タミーノの夢の中でジャーニーを全員が共にしていくと。

―すごくいいですね。

 それに大きく捉えると、結局はモーツァルトがタミーノとパパゲーノであって、自分自身が自問自答するために創られたオペラなのだと思えてくる。

―タミーノはモーツァルト自身の反映?

 そう、考えられます。

―妻のコンスタンツェは?

 こちらは、パミーナとパパゲーナの両方。また、モーツァルト家の子供も反映しているでしょう。それが天使であり、いたずらをする子供であったり、全部関係している気がして…。
 『魔笛』の荒唐無稽さはいろんな人たちを刺激しますよね。生きるというテーマが詰まっているから、例え研究者でも、自分自身を反映してしまう。そこを引き出してしまう力がある。
 それにこの作品には、常に絶対的神が存在している。タミーノはパミーナの安否を案じ、途中、神と対話をしている。まさに、個人の物語というより、象徴的に人類の歩みを表していると感じるんです。だから僕の演出には猿が出てくる。あれは「2001年宇宙の旅」からです。もっとも身体的で原始的な猿と、頭だけで物事を考えてしまう未来の人間たちの両極が、共存していたらと。

―『魔笛』は短期間で作られたから、1幕と2幕は矛盾しているとも言われますが、実際どう思われますか?つじつまの合った完成体ですか、それとも作りながら変わっていった?

 作りながら変わっていったのではと思いました。でも、それは意図的であって破綻して変わったのではない。人間は矛盾に満ちているもの、だから一面的に表現させないようにしたのでは、と思います。だから全員が変わっていく。だって、みなさんも日々、考えや、行動が変わっていきますよね。嘘くさい政治家の公約ではないですが、同じ主張や主義だけで一生終わる人なんてかえって信じられません。

宮本 亜門 演出家

1958年生まれ 東京都出身

 2004年ニューヨークのオンブロードウェイにて「太平洋序曲」を東洋人初の演出家として手がけ、同作はトニー賞の4部門でノミネートされる。ミュージカルのみならず、ストレートプレイ、オペラ、歌舞伎等、ジャンルを越える演出家として、活動の場を国内外へ広げている。
 二期会のオペラ演出としては、モーツァルト×ダ・ポンテの三部作として2002年「フィガロの結婚」、2004年「ドン・ジョヴァンニ」、2006年「コジ・ファン・トゥッテ」を精力的に演出。そして2009年に「ラ・トラヴィアータ」。
 芸術監督をつとめた、神奈川芸術劇場<KAAT>では、「蝶々夫人」を解体し、ストレートプレイの中にオペラを埋め込むという実験的手法で、2012年に「マダムバタフライX」を手がけた。
 北米でのオペラ進出は、2007年米・サンタフェオペラにてタン・ドゥン作曲の現代オペラ「TEA: A Mirror of Soul」(アメリカン・プレミア)を演出し、2010年2月にはアメリカ・フィラデルフィアオペラにてタン・ドゥンの指揮、2013年5月にはカナダ・バンクーバーオペラにて再演をした。2013年9月、欧州初のオペラ演出として、オーストリア・リンツ州立劇場にてモーツァルトの「魔笛」を初演。シーズンオープニングを飾った。
 ミュージカルの代表作としては、デビュー作「I GOT MERMAN」。同作は文化庁芸術祭賞を受賞。2005年に上演したミュージカル「Into The Woods」の演出で、朝日舞台芸術賞の秋元松代賞を受賞。また、作曲家のスティーヴン・ソンドハイムに高い評価を受ける。
 ストレートプレイの代表作は、三島由紀夫原作の「金閣寺」を舞台化したもので、2011年1月にオープンした神奈川芸術劇場<KAAT>のこけら落としとして、同年NYリンカーン・センター・フェスティバルに正式招聘された。翌2012年にはNY凱旋公演を行う。
 また、2013年に市川海老蔵主演のABKAIで、初めての歌舞伎演出に取り組んだ。15年6月にも新作公演を予定している。
公式サイト www.amon-miyamoto.com/